英国人投資銀行マンが日本人より日本の国宝を守れる理由

2014年12月27日 06:00

(この記事は、先日の衆院選直後に、この結果に「不満」な人にも希望が持てる道筋を示そうという意図で書かれたものです。が、あまりに長くてアゴラ編集部の投稿ガイドラインに反してしまい注意を受けたので、分割して再度投稿させていただいております。毎回単体でも読めるように工夫していきます。)

前回までの記事では、日本における改革が進まないのは、「改革側」が「日本の本当の良さ」すら崩壊させるような荒い議論しか持てていないからで、「末端がスラム街になっても一番強いところで帳尻を合わせるアメリカ」のようなことは日本はできないから、結局「あらゆる改革を一緒くたに抑圧することが必要になってしまっている」んだという話をしました。

今回は、

「古い国体」vs「ものすごく荒っぽい改革主義」的な二者択一

を超える「バランス感覚のある改革派」をある程度まとまって創りだすために考えるべき方向性について述べます。


最近メディアでちょっとずつ注目されつつあるデーヴィッド・アトキンソンさんという方をご存知でしょうか。

彼はイギリス人で”あの資本主義の権化”ゴールドマン・サックスの元役員であり、投資銀行時代には日本の不良債権の一括した処理方式の提言で有名になり(古いタイプの”財界”と相当やりあったそうです)ながら、40代で退職後、京都の町家を買ってオリジナルな時代の様式で修復して移り住んだり、裏千家の茶道を習ったりと悠々自適生活をしていたところに、別荘が隣だったという縁で日本の国宝や文化財の補修を行う会社の社長になった人です。

↑なんかこのプロフィール、前半と後半で同じ人物とは思えない感じですけど(笑)でも、著書とネットニュースで拝見しただけでも、彼の存在は本当に面白いです。

アトキンソン氏は、小西美術工藝社の社長になってから、文化財の質に関わらないコストを徹底してカットした上で、果てしなく年功序列で上がっていく職人の給料を高齢層の部分である程度抑制した分、若手職人を全員正社員として登用、技術の継承にも力を入れ、また国内の文化財の修復には中国産でなく日本産の漆を使うべきだという運動を起こして実現させたり・・・と、八面六臂の大活躍をされています。

いろんなネットニュースにも取り上げられていますが、この日経ビジネスオンラインの記事が、一番「内実」まで踏み込んだわかりやすい記事だったように思います。

一般企業は年齢とともに給料がある程度まで上がっていって、その後は定年に向かって下がっていく中で、職人だけが80歳になっても自分たちは給料が上がっていくべきというのはおかしいでしょう。そして、若い人は職人になりたがらないと言いますが、そんなことはありません。

80歳になっても果てしなくあがっていくことになっていた給料システムを改めることで、若手にちゃんと正社員の職を与え、技術研修もシッカリやり、古い伝統技術の継承もできるようになったし、各方面に働きかけることで中国産でなく日本産の漆を使うこともできるようになった。

要するに、「国宝」とか「日本人の心」を守る・・・といっても、その存在があまりにもアンタッチャブルになってしまうと、余計にそこに回るお金が減ってしまって縮小均衡が続き、そもそもその「文化を守る」という目的すら果たせなくなってしまうんですね(実際アトキンソン氏 が日本の文化財の現場で見聞きしているように、そういう形で果てしなく余計に荒廃させられていっている”日本の良さ”というのは厳然としてある)。

逆に、ちゃんと「配慮した上での適切な市場主義」を通していけば、壊死寸前だった「日本の本来的な良さが眠っている部分」にあたらしい血が通い、若い人がちゃんと正社員として参加し、伝統が継承され、好循環の中に自然に未来へつながっていくあたらしい文化が生まれる可能性があるということなんですよ。

10年ほど前の小泉政権ぐらいの時に、日本では「モノ言う株主」っていうのが脚光を浴びたことがありましたが、あの時代の「モノ言う株主」っていうのは、正直7割ぐらい良いこと言ってても、残り3割で日本が瀬戸際で守ってる日本の良さの根源みたいなものまで全部根こそぎ吹き飛ばしてしまうようなムチャクチャなことを言ってることが多かったですよね。

あの時代に彼らに過剰な権力が与えられてしまっていたら、その後ほんの数年の好調期は謳歌できたかもしれないが、そのうち馬脚を現して今頃日本はアメリカみたいにスラム街は本当にムチャクチャなスラム街になり、日本経済の強みを支えていたようなある種の密度感は根こそぎ吹き飛んでしまい、かといってアメリカが社会のあらゆるエネルギーを一点集中することで実現している類の産業では微妙な成果しか出せず、結果としてどこにも強みがないスカスカの経済になっていたでしょう。

逆に言うと、そこまで行くわけにいかないからこそ、日本のいわゆる「抵抗勢力さん」が「古い国体」を護持すべく耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで押し返してくれていたんだと言えます。

そのおかげで、自動車産業や工作機械、電機産業でも微細な基幹部品産業・・・といった「密度感」が必要な分野では世界最強といっていいほどの位置を失わずにいられている。

もちろん、結果としてグローバルBtoCビジネス的な、ここ10年サムスンが大得意だったような世界からは果てしなく凋落しています。「内輪で肩寄せ合って維持してきた密度感」も、ちゃんとグローバルに売っていける状況を作らないと、日本の国宝修復ビジネスが陥っているような「根腐れ」状態になっていく危険性があります。

でもね、そういう分野においても、「自分たちなりのユニークな強み」の部分が断固「国体護持」されていれば、その延長としての売り込みが必ずできる時代や情勢はやってくるし、そうやって「日本人の共有できる強み」を一体的に押し出していってこそ、末端レベルにおいて「”国体”に押しつぶされる帝国軍人の悲哀」を本当の意味で消していくことも可能になるんですよね。

「(良くないタイプの)モノ言う株主」的な、「グローバリズムの威を借る狐」みたいな存在が私が心底嫌いなのは、彼らは「今の時代たまたま脚光浴びてる存在」の尻馬に乗って「それ以外」をぶち壊すようなことを言うだけで、「その次」を描くために必要なユニークネスに対する理解が全然ないことなんですよ。(で、今後もし”日本の良さ”がちゃんと一貫して提示していけるようになったら、彼らはこぞって10年前からそれに着目してたかのような口ぶりで話し始めるんで、その時はシッカリ嘲笑してやりましょうね)

で、そういう人たちの暴走を排除したことによって、日本メーカーにはちゃんと蓄積されてきた技術ってのがあるわけですよね。もちろん、今の時代それが「わかりづらい」存在に押し込められているから、世界的なプレゼンスは低下している。

でも最近、ハイレゾオーディオとか、4Kテレビとか、「画質とか音質じゃねんだよぉ、これだから日本メーカーはわかってねえよなあ」と罵倒され続けてきた商品に光があたりつつありますよね。デジカメだってスマホに取り込まれていきつつ、プロユースに近いような一眼レフは未だに日本メーカーの存在感が抜群です。

スマホが普及してから、新興国経済の発展もあいまって、世界中でものすごい数の人間が携帯で音楽を聞き、動画を見、写真を撮って、ネットで共有して・・・ってやってるわけで、それは「ウォークマン(というか携帯音楽プレイヤー)・テレビ・カメラ」のローエンドモデルには大打撃ですけど、超高密度ハイエンドモデルに関しては「見込顧客が世界中にバンバン大量生産されてってるウハウハな世界」とも言えるわけですよ。

「その領域」を取りに行く一貫した戦略を持たなくちゃいけない。そこだけは絶対にサムスンに取られてはいけない。いいか、絶対にだ!

結局、以下の絵のように、日本が今「右傾化」しなくちゃいけないのは、グローバリズムの良くない部分が暴走して日本が「アメリカのような超絶富豪と絶望のスラム街に分断化されないようにする」ために必要なことなんですよね。
A3_20141225

だからこそ、その「日本人が集団で実現している強み」を「アメリカ的分断を超えるあたらしい希望」として一括して売り込めるようになれば、「過剰な右傾化」は必要なくなるってことなんですよ。
B3_20141225

では、その「一貫した売り込み戦略」についてはまた次回ということにしましょう。

今後も不定期に更新していく予定ですが、連載形式だと半月ぐらいかかるので、一気読みされたい方は、私のブログ↓でどうぞ。
http://keizokuramoto.blogspot.jp/2014/12/blog-post_14.html

倉本圭造
経済思想家・経営コンサルタント
・公式ウェブサイト→http://www.how-to-beat-the-usa.com/
・ツイッター→@keizokuramoto
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