吉田レジームと岸レジーム

2014年12月27日 19:25

安倍首相の最大の目的は憲法改正だろうが、彼の祖父がそれに情熱を燃やした時代とは、国際情勢は大きく変わった。基本的なことだが、安倍氏が理解しているかどうか疑わしいので整理しておきたい。


彼のいう「戦後レジーム」とは、吉田茂のつくった対米従属の吉田レジームである。これに対して岸は保守合同で憲法を改正し、占領状態から脱却しようとした。吉田を支援したのは、皮肉なことに彼が「曲学阿世の徒」と断じた南原繁を初めとする「平和勢力」だった。彼らが再軍備=軍国主義というレッテルを貼って岸を攻撃したため、野党も吉田レジームを支持し、それは既成事実になった。

安倍氏がこれにいらだつのはわかるが、憲法改正と再軍備で対米従属を脱却する岸レジームは、今でも有効なのだろうか。話がちょっと細かくなるが、安保条約の第5条と第6条を引用しておこう。

第5条:各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。

第6条:日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。

第5条は双務的に見えるが、米本土が攻撃されたとき、日本がそれを防衛することは(憲法上も戦力上も)できず、米軍に日本を防衛する義務を厳格に課すものでもない。他方、第6条の「極東」の定義は意図的に曖昧にされているので、アジアで起こった紛争にアメリカが介入する前進基地として日本国内の基地を使うことができる。

このように安保条約は、日本がアメリカの軍事力にただ乗りする代償に、在日米軍が基地を自由に使えるようにしてバランスを取っている。当時は日米同盟の大前提として、ソ連という共通の大きな脅威があったので、安保条約は日米防共協定ともいうべきものだったが、その権利も義務も曖昧だ。この状態を改めて日本が軍事的に自立し、日米同盟を双務的な条約として機能させることが岸の目的だった。

反共は、戦後政治の最大の争点だった。平和勢力の中心だった丸山眞男は「アメリカと同じぐらいソ連や中国は信用しない」といいつつも「反共という言葉には拒否反応がある」といい、自分は「反・反共」だとのべている。それは戦前に反共という言葉が反政府勢力を弾圧するのに使われた記憶からだった。

他方、岸は「私有財産を否定する点では共産主義に共感する」といいつつ、「自由な言論を守るために共産主義には断固反対して自由主義を守る」という。奇妙なことに、丸山は自由な言論を守るために容共の立場をとったのに対して、同じ理由で岸は反共になったのだ。

彼らがともに誤解していたのは、共産主義をレーニン=スターリンのボルシェヴィズムと等置したことだ。それはツァーリズムの嫡子だから「一君万民」の中国でも成功したが、それが国家としても理念としても崩壊した今、反共にどれほど意味があるだろうか。かつてのソ連・東欧ブロックは現実的な脅威だったが、それに比べると今の中国は軍事力も国際的影響力もはるかに小さい。

岸レジームを継承する安倍氏の「美しい国」がリアリティをもたない一つの原因は、このように仮想敵としての共産主義が消えたことだ。与党で衆参の2/3を取ることは不可能ではないが、気楽で安価な吉田レジームをやめようと過半数の国民を説得することは、それよりはるかに困難だろう。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 青山学院大学非常勤講師 学術博士(慶應義塾大学)

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