安倍首相は身代金支払い「も」真剣に検討すべき

站谷 幸一

不幸にも、二人の邦人がイスラム国に拘束され、殺害予告がなされている。
こうした事態に対し、身代金を払うべきではないという勇ましい論調が多い。小川和久氏は「身代金支払い要求に屈してはならない」と言い、田原総一朗氏は 「暴力には屈するな」と言う。国際社会への立場を考慮してなどと世間体を気にする人もいる。だが本当にそれでよいのだろうか。実は英国を除く欧州諸国はどんどん身代金を支払い、人質を奪還しているのである。

他方、テロに屈しない!という力強い姿勢の米英では2014年8月のジャーナリスト殺害以降、アルカイダ系組織やイスラム国に次々と斬首されてしまし、ついにはオバマ政権は政策変更を検討するにまでいたっている。

本稿では、欧米の動向を紹介しつつ、我が国が本当にテロリストと交渉しないという方針が正しいのかを検討するものである(なお、本旨は山本太郎議員に賛成ではなく、全面批判する内容でもある)。


1.身代金をどんどん支払う欧州(英国除く)
欧州諸国では、実はフランス、ドイツ、スイス、デンマーク等の人質がアルカイダ系組織やイスラム国から解放されているのである。勿論、当該政府は表立っては認めていないが、だいたいの相場は数百万ユーロだという。政府がこっそり人質交渉を仲介する場合もあるようであるし、家族が民間軍事会社に交渉を依頼して支払う場合もあるようだ。

デンマーク人のダニエル・ライ・オトセン氏は後者の事例である。オトセン氏は、斬首された米国人のフォーリー氏とは同室に監禁されたが、家族が数百万ユーロを負担し解放された。家族はフェイスブックで募金を募ったがさすがに全額は集まらず、オトセン氏は多額の借金に難渋しているという。デンマーク政府はこのことを容認したかについてはコメントを控えたというから、恐らく容認なり仲介したのだろう。

2.方針転換を始めたオバマ政権
さて米国である。当初は米国民はイスラム国に怒った。なんとある世論調査ではティーパーティーの90%がイスラム国を重大な脅威と回答し、米国民全体も中国の脅威は温暖化問題と同程度とされ、イスラム国をそれらをはるかに超える脅威とみなす結果が出たほどである。

つまり、身代金等とんでもない!と田原総一朗氏のような御仁が国民の大半だったのである。しかし最近では態度が変わってきている。

というのも
(1)引き続き米英の人質が処刑される中で、ドイツ、フランス、スイス、デンマーク人等は人質解放交渉の結果解放されている
(2)オバマ政権は、身代金を払いたいと希望した家族に対し、家族を法律違反でFBIが起訴すると脅迫していた事実(処刑されたフォーリー氏の母親がテレビで涙ながらに証言)
(3)身代金を払わないことで抑止すると言っても、殺害が止まらないこと
(4)脱走兵疑惑の兵士一人とタリバン兵5人を交換したこと
という理由から、オバマ政権への抗議が噴出しているのである。

かくして、オバマ政権は、方針を転換しはじめた。いくつかの報道によれば、昨年秋にオバマ大統領は従来の政策の見直しを米政府に命じ、これを国防総省幹部が幾人かの議員に伝えたという。勿論、米政府が負担云々ではなく、何らかの形で家族による身代金支払いを黙認なり容認する方向性のようだ。

フォーリー氏やソロトフ氏の家族の交渉したいとの訴えを拒絶し、告訴すると脅迫したのはなんだったのだろうか。(なお、オバマの側近は「脅迫していない。法律を説明しただけだ」とマスコミに噴飯ものの回答をしている)

狡猾極まりないが、日本はこうした議論に気づかず、米政府のテロに屈するべきではないというコメントに賛成し、それに怯えている。

4.欧米の狡さを見習おう
こうした事例に鑑みれば、国際社会に示し云々という言説がいかに虚しいことがわかる。ありもしない世間体を気にし、同胞を見捨てる言説なのである。
正直に言えば、欧州はしたたかである。言い方を変えれば狡いということになる。しかし、彼らはそれで生き残ってきた。

先の大戦時、我が国は単独講和は三国同盟の信義にもとるとし、結果、イタリアに裏切られ、ドイツもほとんど大局的には助けてくれなかった。そして、イタリアは戦勝国となり、ドイツはナチスに全ての責任をなすりつけ、見事に欧州に「復帰」した。

戦後問題もそうだが、我々は彼らの狡さこそ見習うべきだ。

池田先生のおっしゃられるような合理的な見解は私も意を同じくするが、それ以外の今溢れかえっているナイーブな身代金反対論はいかがなものか。よくよく考えるべきではないか。

5.今大事なのは安倍首相の選択肢を広げること
そもそも、今、この問題に限定すれば、大事なのは安倍首相の選択肢を広げることだ。
外野が身代金に応じるべきだ、ないだのと言うべきではない。
だから、私は本稿を通じて、彼の選択肢を広げるべきだと訴えたいのである。

私はご承知のように、安倍首相は日本外交史上では、近衛文麿、鳩山由紀夫と同レベルの最低の無能な外交安全保障のド素人であり、日米関係を破壊する「右翼のルーピー」だと思っている。

今回の件も、今は述べないが安倍首相に責任は三割ぐらいあると思っている。
いますぐ辞職してほしい。

だが、消火活動中の消防士に家族ならともかく、野次馬に過ぎない私が文句を言うのは不毛だ。
だから、私は今は安倍首相にこの問題については頑張って自由にやってほしいと切に願う。

今大事なのは二人の生命、そして池田先生も強調するように今後の日本人の生命である。

そこを考えるべきである。
だから、今後も含めて間違っても絶対に身代金を支払ってはいけないと言うのは違うのではないか。

そして、今後も日本人拉致は起こる可能性が高いことを考えれば、身代金に絶対に応じるな論は間違っていると私は考える。複数の中東専門家が指摘するように、安倍首相の演説の余計なひと言により、日本はよい攻撃目標となってしまった。ネット上でもイスラム国を挑発する行動もあり、これを増幅させるだろう。

となれば、日本人のNGO・国連職員、企業関係者が大量に中東アフリカに存在していることを考えれば、米英がそうであるように身代金を拒否しても次々と殺されるだろう。それはそれで、「西側全体」に政策変更を強制するための恐怖を与えることになるからだ。身代金に応じない場合の良い事例に日本はなるからだ。

その際にも、今回と同様に身代金を拒否して殺され続けてもよいのだろうか。
起きてほしくないが、女性のNGO職員がフォーリー氏等のように拷問の末、斬首されても、今強硬論をはいている人々は、それでも死ねと言えるのだろうか。

私はそうは思わない。同じ天皇陛下の赤子ではないか。
そもそも、そこに人品や捕まった事情で差別するべきではない。

また、人質がテロの資金源になるという指摘はもっともらしい理屈だが、これも大きな間違いだ。
何故ならば英国を除いて欧州諸国がこれだけ支払い、しかも米政府までが容認しようとしている中で、日本だけが守る意味があるのだろうか?ないのではないか?効果のない美学の為に死ねと言うべきではない。
少なくとも、今は安倍首相の選択肢を狭めてはいけないのだ。

6.だが山本太郎議員の提案は問題外であり、日本人をより危険にさらす
ここまで書くと、「なにぃ!站谷は身代金200億を支払えというのか!」、「山本太郎氏のように200億円の援助を撤回すべきとでも言うのか!?」という反応があろうが、さにあらず。

私は身代金を200億円支払うのも、山本太郎議員のイスラム国の要求を受け入れるべきとの提案も柳澤元官房副長官補が提案した「安倍首相辞任と引き換え論」も、今後日本人を殺す可能性が高く、絶対にダメだと考えている。

彼らがわかっていないのは、イスラム国が周辺諸国、つまるところシーア派勢力やクルド人勢力等と血で血を洗う凄惨な戦闘を連日連夜繰り返していることである。

もし、ここで日本がイスラム国に「あからさま」な全面降伏をしたとしよう。
当然、シーア派等の武装勢力が中東の日本人を襲撃し、今度は逆の要求、すなわち「反イスラム国の行動を日本政府がとらねば人質を殺す」という脅迫を突きつけるだろう。山本太郎議員やその支持者一党は、その場合はイスラム国を攻撃しろという要求に応じるべきと考えるのだろうか。

中国包囲の為に親中のイスラエルを取り込みに行って、思わぬ結果を出した安倍首相だが、正直、山本太郎議員は同レベルの一手先しか読めない将棋指しである。
彼もまた即刻議員辞職すべきだ。

7.今後の為にどうするべきか
では、どうするべきか。
長期的な対策は簡単だ。
おそらく我々にできるのは募金活動なり基金を用意しておくことだ。少なくとも同じ同胞を救うために100円程度は寄付してあげようという心持を有志が持つことだろう。
そして政府にできることは、水面下でデンマークのようにプロの交渉人を紹介する体制作り、身代金の一時的な肩代わりであろう。

今回の問題については難しい。
既に書いたように「露骨に」イスラム国に妥協すれば、シーア派勢力が敵に回り、日本人を拉致し、イスラム国に敵対する政策をとるように、もしくは活動資金を要求する可能性や、もっとひどければ腹いせに襲撃するだろう。

だからといって、二人の生命を考えれば、まったく身代金に応じないという印象を与えれば西側への見せしめに今後殺害される可能性が出てくる。すなわち、日本人は応じないので殺す。という欧州諸国への見せしめである。無論、200億は上記で書いた相場から大きく外れるので論外として、相場の何倍かなら秘密交渉で支払ってもよいとすべきだ。

だが、この二つの難題を同時にクリアするには複雑な交渉が必要だ。

私が安倍首相に祈るように、この問題では委任するしかないのは、我々のほとんどにはこの交渉に関与する余地がないからだ。今は現場の交渉者と安倍首相の努力と成功を期待したい。批判はすべての結果が出てからにすべきだろう。
少なくとも私はそう愚考する次第である。

お二人の無事なご帰還を心より祈念しております。

站谷幸一(2015年1月22日)

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