映画『幕が上がる』を見逃してはいけない

齊藤 豊

あと1週間で映画『幕が上がる』が公開される。筆者は公開に先駆けて観ることができた。女子高生を主人公にした恋愛要素の無い青春映画で、演劇部の活動を舞台にしている。体育会系、文化系に限らず、勝敗を決める大会のある部活を経験した人なら誰もが共感できる話。勝ちたいという欲望のために部活に青春を捧げる。しかし、部活はいつか辞めなくてはいけない。高校3年間が終わったときに次の進路を決めていなくてはいけない。部活と勉強の折り合いを如何につけるか、というのが部活に青春を捧げる生徒が人生で初めて自分で決断をくだすことになる命題なのかもしれない。

世間一般の人々は、この映画のCMやニュースに接して「アイドル映画でしょ」という感想をもったに違いない。しかし、この映画をただのアイドル映画だと思ってはいけない。これは紛れも無い「青春映画」だ。この映画を演じているのはアイドル、ももクロの5人になる。主人公の部長、高橋さおり役が百田香菜子さん、演劇部の看板女優、ユッコ役が玉井詩織さん、ムードメーカーのがるる役が高城れにさん、1年後輩でみんなに気を遣う明美ちゃん役に佐々木彩夏さん、演劇強豪校からの転校生、中西さん役に有安杏果さん。ももクロは人気女優を多数抱えるスターダストプロモーションに所属していて、子役をやっていたメンバーはいるが、本格的な演技経験はほとんどない。

原作者の平田オリザ氏は、自身のフィールドである演劇を舞台にして、演劇で勝つことを目指す女子高生の葛藤を描き、中高生に読ませたい小説No.1の称号をえた小説『幕が上がる』を書いた。その小説を邦画実写興行成績No.1映画監督の肩書きを持つ本広克行監督が映画化した。原作と映画の違いは少ない。ひとつは部員に男子がいなくなっていること、あとは、本広監督のこだわりで挿入された夢のシーン位しか筆者は見つけることができなかった。(夢のシーンはCMに使われている)

演劇が舞台であるが、演劇にのめり込むわけではなく勝敗にこだわる、というのがリアルであり、高校時代に「勝ちたい」という欲望のみで部活に青春を捧げてきた女子高生たちの物語は、大人の心を掴むことのできる映画に仕上がっている。スクリーンにいるのは、アイドルのももクロではなく、等身大の女子高生である。演出家という重責に悩む部長、その部長と一緒にいることが好きなのに転校生に部長を奪われそうだと不安になる看板女優、能天気にみえて母子家庭で苦労しているムードメーカー、1年後輩で部員みんなに気を遣う下級生、挫折して転校してきたぼっち女子高生、そして、この5人が信じてついてきた女性教師という大人に裏切られてからの団結は胸を熱くする。女優ももクロの5人の熱演を見逃してはいけない。

この映画をももクロというアイドルの映画だと思って、観に行かないことはとてももったいない。もちろん、モノノフ(ももクロのファンの別称)にしか分からない脇役の登場や配役の妙など細かいアイドル要素はあるが、たかがアイドル映画だと高をくくってはいけない。女子中高生を子供に持つ親はぜひ観に行って欲しい。とくに娘のことが理解できないお父さんは必ず観るべきだ。20-30代の会社員は、この映画を観て、まるでサラリーマン社会そのものだ、と思うかもしれない。勝利という目標は売上に、のらりくらりとした顧問の男性教師は上司に、女性教師の裏切りは先輩社員に、それぞれ置き換えることができる。今、思えば、高校時代の部活で上下関係を学び、ひとつの目標に向かって部員が協力して進んだ経験は、サラリーマンをやる上で勉強よりも役に立った。まぁ、女子大教員がいうことではないが、、、