政治家が軍隊を掌握できるのか-現実は「ハトカン」

2015年02月27日 00:01

文官優位の規定改正は適切なこと

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第一次安倍政権の時の海上自衛隊観艦式(首相官邸ホームページより)

防衛省は同省設置法を改正し、背広組(文官)が制服組の自衛官をコントロールする「文官統制」の規定をなくすことを検討しているという。


どの国でも、軍を動かす軍令の指揮系統と、軍備管理を行う軍政の組織が分かれる。(ラインとスタッフ、参謀本部と国防省など)民主主義国では、政治家は平時には軍政を担うが、有事・戦争では軍政に加えて、軍令を制服組のトップの助言を受けて行うのが通例だ。日本のように官僚という下位レベルの文官が軍令、軍政を統制する例は珍しい。さらに軍令は命令系統がシンプルであった方がよい。国際標準では、この動きは正常化と言えるだろう。

これについて「軍靴の響き」とか「戦争への第一歩」という、「いつもの」批判を、平和を唱える「いつもの」人たちが行っている。心配する必要などない。

現行では防衛大臣が制服組トップの統合幕僚長や陸海空の幕僚長に指示する際などに、内局の背広組である官房長や局長が補佐する。それを担うのは防衛省運用局だ。そこで勤めた防衛官僚と、この問題を話したことはあるが、「自衛隊の部隊配置は各幕僚監部、政治や他官庁との調整が運用局と自然と役割が分かれる。私たちは部隊の適切な配置、練度は分からない。文官優位がなくなっても、現実は大きく変わらない」と述べていた。

自衛隊が独特の軍令の形をしているのは、1954年の発足時に憲法9条の問題から「自衛隊は軍ではない」という虚構をつくったことが背景にある。また昭和の歴史で、旧軍が暴走した歴史がある。旧日本帝国では天皇が軍令の最終決定者と位置づけられ、「統帥権の独立」が確保された。陸海軍を中心に、それが中堅の軍人に勝手に使われ頻繁に「軍令」が暴走した。その反省もある。

そして官僚的な縄張り争いの意図もあるようだ。旧内務省出身で、防衛庁官房長、警察庁長官から政界に転じ、衆議院議員、官房長官を務めた後藤田正晴回顧録に出ていたと記憶している。(今、手元にないので確認できない)防衛庁の設置法で参考になった米国の国防制度で貫かれる「シビリアン・コントロール」という考えは、「文民統制=政治への従属」という語感だ。しかし自衛隊発足のとき、軍政部門を仕切ったのは、旧内務省・警察官僚だった。軍の運用は、旧軍出身者に頼らざるを得ない。賢い警察官僚は、意図的に誤訳し「文官の優越」というニュアンスを広げたという。そして旧軍出身者の発言権を封殺したそうだ。

まとめると、この改正は、プラスの面が多いと思う。

東条英機の報われない努力

しかし改変には一抹の不安が残る。軍を指揮することが、日本の政治家には可能なのかという問題だ。一つは能力の面で。もう一つは政治文化の面でだ。

「シビリアン・コントロール」とは、前述のように「政治による軍の統制」という意味である。民主主義体制で選ばれる議員は、ご存じの通りゼネラリスト、選挙区への配慮が求められ、こんな専門的なことを、しっかり学び、経験する時間などないだろう。

さらに日本独特の政治文化がある。防衛大臣を2回やった石破茂氏の豊富な外交・安保の知識を「オタク」とからかう論調がある。これを見れば推測できるが、日本において、国防・外交問題への洞察や経験は、決して政治家の評価で重視されない。こうした中では、有事の際に適切な行動のできる政治家は育つのだろうか。

そして不思議なことに、日本では政治の権限集中を嫌う文化が、有史以来連続してある。非常時でさえもだ。

tojo-2笑えない笑い話がある。第二次世界大戦の大日本帝国と、現代の日本はとてもよく似ている。権限が下に降りて現場が強い。太平洋戦争では、勝ち戦のときは非常に良く回ったが、戦争後半の負け戦の時はまったくうまくいかなくなった。敗勢を好転させるためのトップによる戦力や資源の再配分、それに伴う切り捨てや統合が、現場の力が強すぎるためにスムーズにできなかったのだ。そして情が絡む。現代でも、日本のさまざまな組織にある弊害だ。日本帝国の組織も、現代の日本国の組織も、権限が分散しすぎて、権力の中心がない。

敗勢に陥った1944年4月、業を煮やした東条英機首相は陸軍大臣(軍政トップ)、参謀総長(軍令トップ)、軍需大臣を兼務。権限を個人に集中して国力を統合し、決戦を中部太平洋の絶対国防圏で行おうとした。ところが、それでも海軍は軍政、軍令で統合できず、結局ちぐはぐに動いた。陸軍も物資集積と兵力の集中に失敗。サイパンが陥落して東条内閣は総辞職した。

普通の国なら、非常時には個人に権限を集中する。日本の敵である米ルーズベルトや英チャーチルは優れた戦争指導をしたと評価されている。彼らは民主主義国の指導者なのに、絶大な権力を持ち、自分の戦略を形にできた。細かな作戦や軍備を作ることを彼らはしなかったが、枢軸国を締め上げる適切な方針を示し、外交、各軍、資源の調整も行った。

ところが敗勢の大日本帝国では、権限の分かれた政府内各組織での足の引っ張り合いが起こった。事務屋であっても政治家ではない東条の能力の限界もあって、戦争遂行は破綻した。東条は当時、ゴミ箱を広げてチェックして庶民の暮らしを見るパフォーマンスをやった。そして戦況報告で前線部隊の奮戦を、涙を流し聞いていたという。些事にかまけ、優しすぎたら、トップらしいことは何一つできない。彼の戦争指導が冴えなかった理由はよく分かる。記録を読むと、チャーチルもルーズベルトも、勝利のためなら平気で、部隊の切り捨てをしている。

「チャーチル」と「ハトカン」の巨大な差

不思議なことに、日本では独裁者があまり登場しない。登場しても自分の権限を強めようとする政治家は必ずこける。そして政治では、統合する力が、とても弱い。

安倍政権は、日本のおかしな戦時向けの法制や制度、基地問題を整え、集団的自衛権の行使容認や自衛隊海外派遣の恒久法制を通じて、自衛隊の活動を広ようとしている。日本の周囲に緊張が高まる中で、妥当な動きだ。ところが、それはさんざん批判されている。戦争や有事では、優れた人による独裁、言葉が悪ければ権限集中が有効なのに、それを誰も認めない。東条英機が当時、「独裁者」「東条幕府」と、政治家や政府内、宮中・重臣に批判されたことを、思い出してしまう。

日本の政治からは、チャーチルも、ルーズベルトも生まれない。東日本大震災と原発事故の時に狂乱した菅直人元首相、仮想敵国に囲まれた日本の周囲で「友愛の海をつくる」とほざく鳩山由紀夫元首相が、軍の最高指揮官となる恐怖を、日本国民は最近体験した。また同じレベルの人が出てくる可能性があるのが、日本の現実だ。

器作って魂入らず。国防の制度づくりも必要だが、それを動かす周辺環境でのお寒い状況にも、目を向けてほしいのだが。

石井孝明
経済ジャーナリスト
メール:ishii.takaaki1@gmail.com
ツイッター:@ishiitakaaki

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