共産党から「赤」を取り戻そう --- 長谷川 良

アゴラ

当方は中国反体制派メディア「大紀元」の愛読者の一人だ。中国関連情報では多くの新しい情報が報じられているので、助けられている。

いつものように24日朝、その「大紀元」のサイトを読んでいると、「赤を多用する現代中国、伝統ではなく、血を好む共産党の宣伝」という記事が目に入った。以下、その記事の一部を紹介する。


「赤い花火、赤いランタン、赤い衣装…現代中国は赤を多用する。旧正月の行事でも赤い龍や獅子舞が世界中で舞った。しかし、中国人は昔から赤を多く使っていたわけではない。1949年以後に中国共産党が『流血の象徴』として、社会を血で染めるように使い始めたのがきっかけであることを知る人は少ない。

古代中国では、色としての赤の使用は控えめで、細部を強調する場合に使われる程度だった。五行説で『火徳』にあたる漢王朝でさえ、赤は多く使われなかったと、作家の章天亮氏は述べる。

『中国本土において赤はただの色ではない。共産党の象徴だ。赤を使うことは、党の支持を意味する』と章氏は加えた。たとえば中国の児童は、襟に赤いスカーフを付けて 党に忠誠を誓うようを強要される。

共産党が「赤」の色を多用することは事実だ。同党を「赤の政党」と呼ぶし、その支持者を「赤」と呼んで誹謗した時代があった。連合軍占領時代の日本でも“レッドパージ”(red purge)と呼ばれた時代があった。そして、唯物主義世界観を標榜する共産党の歴史が粛清の歴史であり、多数の流血が流されたことも事実だ。実際、中国で1000万人以上の国民が“紅”衛兵によって殺害されている。

しかし、だからといって「赤」を共産党の象徴とみるのは正しいだろうか。当方は「赤」は色彩の中でも最も美しく、神秘的な色ではないかと考えている。その「赤」が共産党に独占されることに不満を感じてきた。「赤」を共産党から奪い返し、その色の本来の輝きを分かち合いたいのだ。当方の「赤の色彩論」に少し耳を傾けて頂きたい。

私たち人間には血が流れている。血は栄養素を全身に運び、浪費物を処理するために運搬する役割を果たしている。その生命維持で最も重要な働きをする血液の色が「赤」だ。もし、「赤」がいかがわしい色だったならば、どうして人間の血液の色が「赤」なのか。生命を運ぶ血液の色が「赤」だとすれば、「赤」が少なくとも素晴らしい色彩だからではないか。

ちなみに、「色彩論」の著者、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテは青、赤、黄を色の3原色とし、3色の色彩環を構成し、頂点に「赤」を置き、その対極に緑を位置させている。そして「赤」を「最も力強い色」と評している。

賢明な読者の方なら、当方が「神が人間を創造した」という神の創造説に立脚して話をしていると気が付かれるだろう。神が自身の似姿として人間アダムとエバを創造し、その生命の血液の色を「赤」としたのならば、「赤」は本来、色彩の中で最も美しく、神秘的な色彩と考えて間違いない、という結論が出てくるのだ。人類史の中でもほんのわずかな期間、生まれ、消えていく共産党とその思想がその存在のシンボルとして「赤」を独占する権利はまったくないのだ。

共産主義は唯物主義であり、無神論を標榜する世界観だ。レーガン元米大統領が共産圏の盟主・旧ソ連を「悪魔の帝国」と呼んだことはまだ記憶に新しい。その悪魔の思想である共産主義とその国家が神の愛する色、「赤」を奪っていったわけだ。悪魔は神の愛する色が何色かを誰よりもよく知っていたからだ。

20世紀は共産主義が誤った思想であったことを実証してきた。その残滓はあるが、完全に消滅するのは時間の問題だろう。それに呼応して、共産党が奪った「赤」の名誉回復が進んでくると予想している。共産党から「赤」を取り戻そう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年2月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。