投資におけるプライベートとパブリック

2015年03月10日 11:30

プライベートエクイティとは、上場している株式(パブリックエクイティ)に対して、上場していない株式を意味する、と、まあ、そのように理解するのが普通である。要は、非公開(または未公開)企業の株式という意味だ。


しかし、上場しているか上場していないかの差異は、売買しようとするときの方法における技術的差異をもたらすだけで、投資対象としての本源的価値には影響を与え得ない。プライベートエクイティが、一つの投資の対象もしくは方法として、その独自の存在意義をもつものだとしたら、その意義とは何なのか、それが問題なのだ。

つまり、プライベートということには、単に株式を公開していないという意味以上の意味があるということである。プライベートとパブリックとの間には、投資の方法論、いわゆるリスク管理の方法論における本質的な差異があるのだ。

リスク管理において、パブリックであることの本質は、市場における売買可能性にある一方で、プライベートであることの本質は、市場における売買可能性がないが故のリレーションシップ(私的関係性)のなかにおける積極的関与にある。

プライベートな融資とパブリックな社債との間には、単なる信用供与手段の技術的な差を超えて、信用リスク管理における本質的な差がある。それと同等な意味で、プライベートなエクイティとパブリックなエクイティの間には、本質的な差があるのである。

プライベートエクイティにおいては、実は、プライベートであるということが、エクイティであるということよりも、ずっと重要なことなのだ。故に、プライベートエクイティとパブリックエクイティとの間にある差よりも、プライベートエクイティとプライベートデット(プライベートな債務、即ち融資)との間にある差のほうが、ずっと小さいのである。

実際、企業再編においては、債務の株式転換も普通に行われるのだから、債務を取得することを入り口としたプライベートエクイティの戦略もあり得るし、また、プライベートであることが本質的に重要な場合には、エクイティにこだわる必要もないのであって、劣後融資や転換社債など、いわゆるメザニン(株式を一階、債務を二階に喩えたときの中二階という意味)でもいいのである。

資金調達する企業は、プライベートであることに、それなりの理由をもっている。経営の独立も、その一つである。そのような企業の場合には、議決権を意味するエクイティを他人に与えることに抵抗を感じることもあるだろう。そのようなとき、投資資金の回収の目処がつきさえすれば、敢えてエクイティにこだわる理由もないのである。逆に、エクイティのほうが資金回収しにくい場合も多いだろう。

プライベートエクイティは、技術的な資産区分ではなくて、一つの戦略のあり方として、捉えられるべきである。プライベートエクイティという投資の戦略に一つの定義を与えておくとすれば、それは、私的な関係性のなかで提供される資金供与の柔軟な形態、とでもなろうか。あるいは、私的な関係性のなかでしか提供され得ない特殊な状況における資金供与の柔軟な形態、といったほうがいいかもしれない。

パブリックであることは、当然に、広く社会一般に共通する契約関係を意味するが、プライベートであることは、当事者間の随意な契約関係で足りるということを意味する。ここに、特殊な状況にも対応し得る柔軟性があるわけである。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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