独で医者の「守秘義務」見直し論 --- 長谷川 良

アゴラ

ドイツのジャーマンウィングス機(エアバスA320、乗客144人、乗員6人)の墜落から31日で一週間が過ぎた。墜落原因は副操縦士アンドレアス・ルビッツ容疑者(27)の意図的な行動による可能性が高いが、飛行中の機体の動きを記録するフライトデータレコーダーがまだ回収されていないこともあって、技術的ミス、欠陥の可能性も完全には排除できない。


ところで、ドイツのデュッセルドルフ検察当局は30日、副操縦士が精神的な病に罹り、自殺傾向があったことなどその病歴の一部を明らかにした。最初のブラックボックスが見つかった時点で墜落の主因が副操縦士の行動にあったと判明。その後、副操縦士はバーンアウトに罹っていた、鬱で治療薬を摂取していた、視力の問題を抱え、網膜剥離に罹っていたなど、様々な病歴がこれまで報じられてきたが、副操縦士の犯行声明も遺書も見つかっていないこともあって、墜落1週間が過ぎた今日も決定的な結論は下せない状況だ。

ここにきて、医者の守秘義務が事故の防止や捜査の進行を妨げる、といった声が聞かれ出した。すなわち、医者の守秘義務の見直しだ。医者は職業上、患者の病気について第3者に公表できない。医者にとって患者との間の信頼関係が重要だ。医者の守秘義務は患者が亡くなった後も続く。

ドイツでは、医者がその守秘義務を破ると刑法(203条)で罰せられる。例外は、重大な犯罪を阻止できる場合だけだ(刑法34条)。個々の状況によって異なるが、生命の危険が患者への守秘義務より重要と判断された場合という。

副操縦士を診察した医者が、「患者はパイロットの職務不能」と診察した時、その診断を航空会社に連絡していたならば、副操縦士がコックピットに座り、今回のような惨事を誘発することはなかったかもしれない。実際は、副操縦士を診察した医者は患者にその症状を伝えたが、患者の会社に対してその症状を報告していない。ひょっとしたら、医者は患者がパイロットの職業にあることを知らなかったかもしれない。副操縦士は医者から勤労不能の診断書を受け取っていたが、そのことを会社に報告せず、墜落の日、乗務したわけだ。

そこで、「医者の守秘義務を緩めるべきだ」という意見が飛び出してきたわけだ。独週刊誌シュピーゲル電子版によると、ドイツ連邦議会の運輸問題のエキスパート、Dirk Fischer議員(キリスト教民主同盟)は「パイロットは会社から要請された医者に行き、診察を受けなければならない。その場合、医者は守秘義務から解放され、その診察結果を会社側と連邦航空局に報告するようにすべきだ」と提案している。

ドイツでは、パイロットの場合、年に1度、職務可能かをチェックするために会社の依頼を受けた医者による健康診査を受けなければならない。米国の場合、その結果を関係当局に報告されるが、ドイツの場合、データー保護の観点からそれは認められていない。ちなみに、医者の守秘義務の見直しについては、個人情報の保護の観点から批判的な意見が少なくない。墜落事故のショックから、関連法の改正を考えるのは短絡過ぎる、という慎重論もある。

たとえ時間がかかるとしても、医者の守秘義務の見直しには様々な立場の専門家の意見を聞き、慎重に協議を重ねるべきだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年4月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。