自民党の事情聴取もあっていい --- 井本 省吾

2015年04月22日 10:24

自民党がNHKやテレビ朝日の幹部を呼んで番組内容を事情聴取した件について新聞各紙が社説で一斉に批判している。


「自民党と放送 『介入』は許されない」(朝日新聞17日付)、「放送法 権力者の道具ではない」(同21日付)、「テレビ聴取 政権党は介入を控えよ」(毎日新聞17日付)、「テレビ幹部聴取 与党として適切な振る舞いか」(東京読売新聞18日付)、「首かしげる番組内容の聴取」(日本経済新聞19日付)

私も権力を握っている政党が軽々しく報道の自由を侵してはならず、事情聴取でも慎重な姿勢が必要だと考えている。

しかし、これほど横並びで自民党を批判する姿勢を見ると、白々しい気分になる。「そんなに自民党が怖いのか。だから皆で一斉に自民党批判の横断歩道を渡るのか」と。

「いや、権力の横暴に対してはメディアが団結して抵抗しなければならないのだ」などという「聞いたふうな」声が聞こえる。

NHKやテレ朝がやったことを考えれば、そんなに胸を張って言えるのだろうか。NHKは「クローズアップ現代」で多重債務者の「やらせ報道」、テレ朝は「報道ステーション」に出演した元官僚の古賀茂明氏が、自身の番組降板をめぐり菅義偉官房長官を名指しして首相官邸から圧力があったと発言した。

NHKは番組の誤報を認めたし、テレ朝は古賀氏が確たる根拠もなしに官房長官を誹謗するような発言をしたのを放送したのだから批判されるのは当然だろう。

これについては各紙とも「番組には問題があった。両放送局とも責任がある。報道機関としての信頼を損なう行為だ」と認める。だが「両放送局とも番組について非を認めている。それなのに、政権与党が個別の番組について、事情を聴くのは異例だ、行きすぎだ」と批判するのだ。

「誤報などの訂正、番組づくりの是正は放送局の自立的な判断に委ねられるべきである」というわけだ。

その通りだと、私も思う。だが、日本のテレビ局は多大の放送(電波)利権を持ち、民放はほとんどが大手新聞社の系列会社、関連会社である。報道の自由を侵すと言いながら「放送局に手を出すな」「自分たちのやりたいようにさせろ」と言っているように聞こえないか。

報道の自由は侵してはならないが、誤報や捏造、事実に基づかない誹謗中傷の自由はない。

誤報や捏造、誹謗中傷がめったにしかないのなら、各局の自浄能力に委ねていい。しかし、しばしば起こる。毎日の社説が取り上げた例はこうだ。

2007年に捏造(ねつぞう)が発覚した関西テレビのバラエティー番組「発掘!あるある大事典2」や1993年にやらせが明らかになったNHKスペシャル「奥ヒマラヤ・禁断の王国・ムスタン」が、行政指導の対象となったことがある

しかし、これらも一例にすぎない。テレビへの信頼を失わせる事態はもっとしばしば起こっている。ならば、事情聴取を受けても仕方がないではないか。

新聞記者は誤報を書いた時に始末書を書く。ひどい誤報を書いた場合は減俸処分を受けることもある。それが苦い戒めとなって記事の正確さを高める。事情聴取はそれと同じ効果があるのではないか。

民放は総務相から放送免許を交付され、5年ごとに更新する。NHKの予算は国会が承認する。だから、放送局が政治の影響を受けやすいのは確かである。

「政権党は事情聴取で圧力をかけて権力へのそんたく、萎縮を生じさせ自分に都合の良い方向に記事や報道を誘導させるようとする」。そうしたもくろみは自民党にもあるだろう。

それに対抗する意味で「自民党は威圧効果を持つような事情聴取は努めて自制すべきだ」と主張することも大切だろう。

だが、一番大切なのは、事情聴取程度の圧力で報道機関としての目的を忘れない姿勢を堅持することである。ちょっと圧力をかけられたら、すぐに萎縮して、思うような番組を作れないというのは情けないではないか。

総務省がちょっとしたミスを理由に放送免許を取り上げると言うのなら、それこそ自らの姿勢の正しさを主張して視聴者に訴え、訴訟も辞さずに闘えばいいではないか。

テレビ局やそれを傘下に従える新聞社は電波利権という既得権を持つ。本来は電波オークションなどの市場競争で確保すべきなのに、政権党との不透明な関係で確保している側面がある。その分、テレビ局には弱みがあるのではないか、という疑いが消えない。

NHKも民営化すれば、もっと権力との関係がすっきりするはずだ。

一方、すべての権力は長らく既得権をもち、その基盤が強まると、傲慢になって自浄作用が働きにくくなる。外部からの批判にさらされることで、自浄作用が復元する。

自民党同様、NHKや民放などの大手メディアもまた、権力の罠に陥りやすい面を持つ。だから、自民党の事情聴取には自浄能力が蘇らせる効果もある。

政権という権力と、メディアという権力が相互に批判し合って民主主義という危うい仕組みが機能し、社会の安定と活力が保たれるとも言える。


編集部より:この記事は井本省吾氏のブログ「鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌」2015年4月21日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった井本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌をご覧ください。


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