「飛び石連休」という貧困

2015年05月04日 22:24

「飛び石連休」というテーマでは過去に何度か書いたのだけれど、ゴールデンウイークにからめて今年もやっぱり書いておくことにした。休むことは大切だと思うからだ。特に働き過ぎの日本人にとっては、なおさら。


ゴールデンウイーク前に日本の友人と電話で話をしたところ、今年は4月29日の「昭和の日」を休んで翌30日(木)と5月1日(金)は出勤し、5月2日(土)から5月6日までが連休という人が多いのではないか、という知らせだった。

しかし、土曜日が休みにならない会社もあるから、5月3日から6日の間だけが連休という勤め人もかなりいるだろう、という悲しい話も聞かせてくれた。

悲しいというのは、人生はできれば休みが多い方が心豊かに生きられる、と信じている僕の勝手な感想である。特に長めの休暇は大切だ。

人間は働くために生きているのではない。生きるために働くのである。

そして生きている限りは、人間らしい生き方をするべきであり、人間らしい生き方をするためには休暇は大いに必要なものである。

夏休みがほとんど無いか、あっても数日程度の多くの日本のサラリーマンの皆さんを見るたびに、僕はそういう思いをさらに強くする。

バカンス大国ここイタリアには、飛び石連休の「飛び石」という発想がない。飛び石は全て繋げて連休にしてしまうのだ。

例えば今年の日本のゴールデンウイークがもしもイタリアにあったとするならば、連休の初めの4月29日の後の同30日(木)と5月1日(金)も、間違いなく休みになるだろう。

つまり、4月29日から5月6日までが全て休み、が当たり前。また恐らく4月29日の前の2日間、27日(月)と28日(火)も休みになる公算が高い。その場合は4月25日(土)から5月6日(水)までがどんと連休になるだろう。

それどころか、5月6日(水)と5月9日(土)の間の2日間(木、金)もついでに休みにして、4月25日から5月10日までのほぼ2週間を全て休む、という者がいても少しも不思議ではない。

飛び石、つまり断続または単発という発想ではなく、逆に連続にしてしまうのがイタリア人の休みに対する考え方である。それは「ポンテ(ponte)」=橋、または連繋と呼ばれる。休日を切り離すのではなく、つなげてしまうのである。

連休というぐらいだからもちろん日本にもその考え方はあるわけだが、その徹底振りが日本とイタリアでは大いに違う。勤勉な日本社会がまだまだ休暇に罪悪感を抱いてるらしいことは、今年の場合で言えば4月30日と5月1日の2日が休みにならなかった事実でも分かるように思う。

いつも言うことだが、イタリア人は何かのきっかけや理由を見つけては「なんとしても休む」ことを願っている。休みという喜びを見出すことに大いなる生き甲斐を感じている。

そんな態度を「怠け者」と言下に切り捨てて悦に入っている日本人がたまにいる。が、彼らはイタリア的な磊落が孕む豊潤が理解できないのである。あるいは生活の質と量を履き違えているだけの心の貧者なのである。

休みを希求するのは人生を楽しむ達人たちの行動規範であり「人間賛歌」の表出である。それは、ただ働きずくめに働いているだけの日々の中では見えてこない。休暇が人の心身、特に「心」にもたらす重大は、休暇を取ることによってのみ真に理解できるように思う。

仲宗根雅則
テレビ屋
イタリア在住

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