21世紀の“招かざる客”と「壁」 --- 長谷川 良

2015年05月09日 10:05

米ホワイトハウスは周辺の塀に鉄条網を付けるなど、警備の見直しに取り組んでいる。テロリストなど“招かれざる客”の侵入を防止するのがその狙いだ。世界の政治を主導する米国の中枢、大統領職務室があるホワイトハウスの警備は厳重で、ネズミ一匹許可なくして通過できないと信じられてきたが、その安全神話は度重なる侵入者の出現でもろくも崩壊してきた。例えば、昨年9月、ナイフを持った男がホワイトハウスの塀を越えて侵入したことがあった。


そこで、ホワイトハウス側は安全警備の強化に乗り出してきたわけだ。ホワイトハウス警備担当者によると、「7月初めには塀に鉄条網の設置を開始するが、それはあくまでも暫定的処置に過ぎず、本格的な塀の建設は来年夏頃となる」という。

目を欧州に移すと、北アフリカ・中東諸国から大量の難民が連日、ボートに乗って欧州の地、イタリアやマルタに殺到してきた。一方、2011年のシリア内戦勃発以来、陸続きで欧州入りを目指す難民たちはトルコ経由でブルガリア入りを図ってきた。それを防ぐため、ブルガリア政府は13年、対トルコ国境線沿いに30キロに鉄条網を建設したが、それでは十分でないとして、鉄条網を対トルコ国境線全160キロに拡大する計画という。旧東欧諸国の民主化直後、「民主主義には壁がない」といわれてきたが、難民という“招かれざる客”の侵入防止のため新たに「壁」が登場してきたのだ。

現代史で「壁」のシンボルといえば、冷戦時代の「ベルリンの壁」だろう。旧東独で1961年8月13日、ベルリン市を東西に分断する壁の建設作業が始まった時、東ドイツのウルブリヒト政権(当時)の決定に最も驚いたのは、西ベルリン市と分断された東ベルリン市民だった。若い女性が「私の彼は西ベルリンよ。これから会えなくなったわ」と泣き出した話は有名だ。

「ベルリンの壁」は1975年に完成した。総距離は155キロ。コンクリート製の壁だ。旧東独政権は当時、ベルリンの壁建設を「反ファシスト防壁」と説明していた。その「ベルリンの壁」も1989年11月10日、崩壊した。ちなみに、「ベルリンの壁」建設後、約5000人の東独国民が壁を越えて西側に亡命したが、200人余りの国民が射殺されている。

ところで、「壁」や鉄条網を作っても“招かれざる客”の侵入防止には十分でなくなってきた。日本でも先月22日、首相官邸の屋上に小型ドローン(無人機)が落下しているのが発見され、官邸職員を驚かせたばかりだ。空からの侵入だ。“招かれざる客”は今日、海から、陸から、そして空から、訪れてくる時代となったのだ。

米国内多発テロ事件(2001年9月11日)以来、世界の政治アジェンダはテロ対策に集中する一方、北アフリカ・中東紛争で大量の難民が発生してきた。テロと大量の難民殺到を恐れる欧米諸国は抜本的な対策を提示できず、新たに壁、塀を建設することで招かれざる客の侵入を防ごうと躍起となっているわけだ。

21世紀はインターネット時代であり、国境、民族の壁を越え、意思を伝達できる時代圏を迎えているが、その時代の訪れを冷笑するかのように、「壁」は広がってきた。「ベルリンの壁」は冷戦時代のシンボルだったが、21世紀の「壁」は、貧富の格差社会の無力さを象徴的に示している。

どのような目的があるとしても、「壁」や「塀」は人と人のスムーズな出会いを阻止し、そのコミュニケーションを断つ。新たな「壁」の出現は、「人間は本当に他者を愛することができるか」という非常に哲学的なテーマをわれわれに突きつけている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年5月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。


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