大阪都構想に見る日本の民主主義 --- 栗山 孝

2015年05月22日 06:48

大阪市解体構想、いわゆる大阪都構想が否決された。

反対派の私としてはひとまず安心と言った所だが、あまりにも冷静な議論が少なすぎたのが賛否抜きに気がかりである。特筆すべきは、橋下市長と維新の会の言論に対する意識の低さだろう。

事の発端は京大教授の藤井氏が「大阪都構想:知っていてほしい7つの事実」という論説を公開したこと始まる。橋下市長はこの論説に対し何ら具体的反論をせず「バカ学者」「抜群に地頭が弱い」等と誹謗中傷した。


維新の会はというと藤井氏に具体的な問題点を指摘しないまま「間違った情報」と断じ、「憤りを感じ、強く抗議」すると共に公開討論を申し入れる文書を藤井氏に送付。藤井氏はこれを「ケンカの申し入れ」と切り捨て、公開討論に応じない考えを表明する。

この藤井氏の態度は非常に賢明だったように思う。討論がただの言論バトルになってしまっては意味がないどころか、かえって感情論や思考停止が横行し、冷静な議論の妨げとなっていただろう。藤井氏はその後、デマと決めつける根拠の提示を要求し、理性的に記述した文書が提出され、冷静な議論が可能であると判断した場合には公開討論に応じると表明。

書面での反論についても広く呼びかけるが、結局橋下市長からのまともな反論は一切なかった。(維新の会の倉田市長は反論するが藤井教授に再反論され、結局再々反論はなされなかった)維新の会の松野幹事長に至ってはテレビ局に対して「大阪維新の会反対、大阪都構想に反対の象徴として位置づけられている藤井氏の存在が広く周知されること自体が、大阪維新の会、大阪都構想について反対している政党および団体を利することになる」等と意味不明な根拠によって実質的な圧力文書を送付する始末。

冷静な議論から逃げたのは橋下市長と維新の会なのは明白である。にも拘らず、一部の賛成派によって「藤井が逃げた!」といったデマが拡散され、冷静な議論を求める空気は殆ど感じられなかった。公権力者による罵倒や圧力といったあからさまな言論弾圧にしてももっとメディアが危機感を持って報じるべきだった。この辺りに日本の民主主義に対する意識の低さが感じられた。

またネット上の言論空間でも気になる記事が数多くあった。既に藤井氏によって再反論されている反論を単独で紹介し、藤井氏の再反論が全くなかったかのような印象を与える論説や、内容に関しても既に藤井氏に再反論されている内容と被っている論説も数多く見受けられた。彼らは恐らく「大阪都構想:知っていてほしい7つの事実」以外の藤井氏の論説を読んでいないのだろう。

議論というのは反論と再反論を繰り返して形成されて行くものだ。人の反論や再反論を聞かずに言い返していては議論にはならない。また議論とは程遠いレッテル張りやイメージ論、罵詈雑言の類も残念ながら数多く見られた。某便所の落書きボードに書くなら好きにすれば良いが、曲がりなりにも言論空間に論説を投稿する以上は無意味な個人攻撃はせず、藤井氏の主張に一通り目を通すくらいすべきだろう。

大阪市民は土壇場で踏みとどまった。しかしその決断は「大阪市がバラバラになる」というイメージが「既得権益を打破する」というイメージに少しだけ打ち勝ったに過ぎず(まあ前者は正しい認識だが)、大阪市民に十分な判断材料が与えられたとは言い難い。日本の民主主義はまだ発展途上のように感じた。

民主主義は優れたシステムではあるが、冷静な議論と思考ができる土壌がなければ機能しない。ナチスへの全権委任は民主主義によってもたらされたことを忘れてはならない。

栗山 孝
金融業

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