安倍首相の「歴史」のいなし方 --- 井本 省吾

野党もリベラル系メディアも、中国や韓国の政府も、「歴史」問題で、安倍首相の足をすくおうとあの手この手で臨んでいるように見える。


中韓の場合、歴史問題で安倍首相を「謝罪」に追い込み、日本を半永久的に道徳的に劣位の位置に立たせ、外交を有利に展開しようという狙いがある。過去の軍国主義的行動を認めるような「歴史修正主義的」な発言をした場合も、「反省していない」「謝罪していない」と非難し続けることができる。

野党や野党もリベラル系メディアは、「歴史修正主義」発言を誘い出し、最大の後ろ盾である米国政府の反発を生み出し、安倍政権を窮地に追い込もうという戦略だ。

したがって「歴史」をどう扱うかは、安倍政権の維持、強化にとって、極めて大事なテーマだ。が、安倍首相は十分に心得ているようだ。

5月20日の党首討論で、共産党の志位和夫委員長から第二次世界大戦の終結につながったポツダム宣言の中身に関する見解を問われ、「つまびらかに読んでいない」と答弁した。

志位氏は「1945年に日本政府が受諾したポツダム宣言は『日本の戦争は間違った戦争だという認識を明確に示した』が、ポツダム宣言のこの認識を認めないのか」と迫った。

これに対して、 首相は「私はその部分をまだつまびらかに読んでいないので、今ここでそれに論評することは差し控えたい。いずれにせよ、(先の戦争への)痛切な反省によって今日の歩みがある。我々はこのことを忘れてはならない」と述べ、直接の評価を避けた。

志位氏は「(間違った戦争と)認めると言わない。非常に重大な発言だ」と問題視し、そんな首相が「集団的自衛権の行使で適切な判断ができるわけはない」と批判した。

志位氏の論法はなかなか鋭い。戦争は複雑な因果関係があり、日本が一方的に間違っていたなどということはできない。「侵略」の定義が難しいのもそのためだ。保守派の安倍首相には、そうした思いが強いし、安部氏を支持する有権者も同じ思いだ。

だが、そう発言すれば、「歴史修正主義」「極右政治家」と叩く格好の口実となる。米国もポツダム宣言を否定するような発言に反発するだろう。

しかし、安倍首相が「ポツダム宣言は正しい。日本は間違った戦争をした」と認めれば、ならば「謝罪せよ」と中韓を勢いづかせ、安倍氏の立場を弱める。

志位氏の「ポツダム宣言」質問にはそうした「地雷」を埋め込んであるのだ。地雷を踏まないためにはどうするか。

池田信夫氏はブログでこう書いている。

正しい戦争なんかないのです。すべての戦争はまちがっているというのが1928年に結ばれた不戦条約の考え方で、憲法第9条の第1項はそれと同じです。だから安倍さんは「すべての戦争はまちがっています」と答えればよかったのです

その通りだが、今の局面でそう答えると、「『みんな悪い』という議論に逃げて、自分の責任を棚上げしている」とか「それでは米国や英国、中国も悪かったと言いたいのですね。ポツダム宣言を否定している」などと突っ込まれる危険がある。

米国の反発をくらい、中国からは日米同盟にくさびを入れるチャンスを与えかねない。

したがって、「過去の戦争、歴史に対して痛切な反省している。その上で今日がある」という答弁は、地雷を踏まない適切ないなし方だったと言える。こう言われれば、志位氏としては「ポツダム宣言を認めないのか」と繰り返すのみで、それ以上どうしようもない。

安倍首相はアジア・アフリカ会議(バンドン会議)60周年記念首脳会議や米議会での演説でも同様に発言し、米国はじめ多くの国々の賛同、評価を得ている。

過去を反省しつつ、現在は積極的平和主義を標榜、「力による現状の変更は認めない」と発言して、海上覇権を拡大しようとする中国の動きを牽制、それが東南アジア諸国、そして米国から賛同を得、日本への信頼を醸成することに成功している。

もし「歴史修正主義だ!」「安倍首相は現在もその延長上で軍国主義化を目指している」という誤った認識が世界に広まった場合、中国はそれを口実に「南沙諸島の軍事施設建設は、日本の再軍備と軍事侵攻から地域を守るため」といったキャンペーンを張る危険性もある。

今も中韓は歴史認識で安倍首相に厳しい追究し続けるが、安倍首相は「痛切な反省」を繰り返すだけ。柳に風、糠に釘であり、中韓の攻勢は鈍るばかり。今では「政経分離」と言いつつ、経済交流で日本に歩むよりつつある。両国とも経済悪化で日本の力を借りざるを得なくなっているからだ。

辛抱強く「歴史」をいなしてきた成果だろう。「悪人」宰相として面目躍如たるものがある。


編集部より:この記事は井本省吾氏のブログ「鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌」2015年5月24日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった井本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌をご覧ください。