「障害者」それとも「障がい者」なのか?

2015年05月26日 06:28
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5月25日、千葉市長のコメントが紹介されていました。「千葉市長が「障害者」にこだわる理由 「障がい」「障碍」論争に一石」YAHOOでもトピックス扱いだったので記事を読まれた方も多いことでしょう。結論から申し上げるなら「障害者」と表記することが正しいと思います。


千葉市長は、次のように語っています。『私は「障害」を「障がい」と置き換えることには反対です。「障害」という言葉が引っかかるからこそ、それを社会的に解消しなければならないわけで、表現をソフトにすることは決してバリアフリー社会の実現に資するものではありません』。

これは非常に正しい解釈であると考えます。私自身も障害者支援団体(アスカ王国)を運営していますが、運営者の立場で申し上げるなら、日本の障害者教育の遅れは社会のいたるところで散見されます。まず誤った障害者に対する理解が存在し、「気の毒」「可哀想」という、健常者視点に留まっていることが多い点です。このような発想はむしろ差別性を助長させる危険性がありますが、差別的な意識は幼少期における教育から存在しています。

●日本における実情
日本では身体機能と構造になんらかの障害をもち社会参加が制約されている子供に対しての教育を特別支援教育と位置づけています。なんらかの障害があるだけで、障害をもたない子供より劣っているととらえているわけです。

1972年に米国ペンシルバニア州裁判所は「障害の如何を問わず、すべての子供はその能力に応じて教育を受ける権利を有する」(Pennsylvania Association for Retarded Children,PARC判決)と宣言しています。これは、差別的な教育に対する是正を求めたものであり、教育のダンピング(教育の放棄)を招く危険性があることへの警告です。日本には障害者雇用促進に関する法律があり、企業規模に応じて障害者を雇用しなければいけない規則がありますが、罰則等の適用がないため常用労働者は未だに低い水準に留まっています。内閣府の平成26年度障害者雇用状況によれば日本における障害者数は、身体障害者366.3万人(人口千人当たり29人)、知的障害者54.7万人(同4人)、精神障害者320.1万人(同25人)であり、およそ国民の6%が何らかの障害を有しているとされています。

一方、福祉先進国といわれている欧米諸国では、障害者の完全雇用の実現を目標として掲げられており、働く場においても積極雇用がおこなわれています。一つのケースとしてポーランドでは障害者協同組合の統合化を法律で定めており、健常者と同じ場で雇用されています。また欧米諸国では、日本のように各種手当てを充当されるようも、働いて賃金を稼ぐほうが良いという障がい者の意識もそこには存在しています。

●ノーマライゼーションの実現とは
私が実施している社会福祉活動の一環として「アスカ王国」という活動があります。アスカ王国とは「障害者を含めた参加者の完全自立と平等を目指した仮想王国」です。年に数回、数百名規模の共同生活による旅を実施しています。この旅は、国連総会が1981年に提唱した「国際障がい者年」のテーマである「障がい者の完全参加と平等」を実現する試みにあり、それは障害を持つ人たちでも社会構成員の一員として、社会の恩恵を等しく受けることができるノーマライゼーション社会の具現化を目指すところに帰結します。

心身に障害をもつ人が社会参加を果たすためには、さまざまな「壁」があります。物理的な壁や制度上の壁は、政治や行政の努力で取り除くことができます。しかし偏見や差別など、社会に根付いている「心の壁」を取り除くためには、社会福祉の概念を根本的に見直す必要性があり、それは社会を変革するという時間のかかる課題です。障害を持つ人たちが社会構成員の一員として、社会の恩恵を等しく受けることができるノーマライゼーションを実現するには、社会福祉や社会のあり方の概念を変革する途方も無い作業が必要になります。そこに生きる人の心が貧しい社会であっては、ノーマライゼーションを創造し実現することはできないからです。

「障害」を「障がい」と表記したところで、本質が変わらなければ何も変わりません。単なる言葉遊びだからです。そのような観点で鑑みるならば、先の千葉市長のコメントは一石を投じる意味で意義があると考えられます。

尾藤克之
経営コンサルタント
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尾藤 克之
コラムニスト/経営コンサルタント

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