人は何度死ぬことができるか --- 長谷川 良

2015年06月05日 13:41

ヘルムート・コール独元首相が大腸手術後、容態が悪化し意識不明となって緊急集中治療室(ICU)でケアされているというニュースが流れた時、心配していたが、コール氏の事務所が2日、健康に問題はないと公表して、「健康悪化説」を否定した。報道によると、「コール氏は5月初めに股関節の手術を受けた後、さらに手術が必要となり、入院期間が延びただけだ」(読売新聞電子版)という。


一方、英BBC放送の女性記者がツイッターで、「エリザベス女王が危篤で入院し、死去した」と報じ、欧米主要メディアがその記事を流したことから、一時大騒ぎとなった。もちろん、誤報だった。英BBC側は「女王死亡」記事を書いた女性記者から事情を聴取しているという。

コール元首相は85歳、エリザベス女王は89歳といずれも高齢だ。健康が急変するケースは決して排除できないが、どうしてこのような誤報が生じたのだろうか。少し、検証してみる。

コール氏の場合、危篤情報を最初に流した独週刊誌ブンテ記者がコール家に電話を入れるか、事務所に問い合わせれば、誤報を避けれたのではないだろうか。ブンテ記者は確認作業をせずに報じたのだろうか。

誤報の原因として、コール家とメディアとの関係が考えられる。最初の奥さん、ハンネローレ夫人が亡くなった後、コール氏は現夫人と再婚したが、その直後から公の場に出ることを避けてきた。コール氏の伝記を書いたジャーナリストもコール家への立ち入り禁止を受けるなど、コール氏と外部世界との関係は急速に冷却していった。ブンテ記者がコール家に確認を取ろうとしたとしても、難しかったかもしれない。

「エリザベス女王死去」報道は、BBC側によると、女王死去に備えてのプロセスの中で生じたミスという。著名人や政治家の危篤情報が流れると、メディア関係者は死去の場合に備えて、その人物のキャリア、評価、著名人のコメントなどを集め、その「Xデー」に備えることは通常だ。

そして亡くなると直ぐに、そのキャリア、功績、その後の影響、著名人のインタビュー記事を掲載した号外を出す。コール元首相やエリザベス女王の場合、世界の政治で大きな功績があった人物だけに、大手メディアは既に「Xデー」の準備を始めていると見て間違いないだろう。

当方は幸い、訃報記事で誤報したことはないが、北朝鮮報道では悩まされたことがある。北京発で金正日労働党総書記の死亡説が出た時、海外の北朝鮮大使館の動向をフォローし、金総書記死去の確認情報を集めようとしたが、簡単ではない。北外交官は通常、緘口令を敷かれていたからだ。

「独裁者は実際死去するまで何度か死亡記事が流れる」とよくいわれるものだ。北朝鮮のように閉鎖国家の場合、指導者の死亡はその国の政情に大きな変化をもたらす。だから、死亡報道が確認されるまで時間がかかる。独裁国家では指導者が死去したとしても一定の期間、生きていると報じられ続ける場合もあり得るからだ。

それにしても、コール氏の健康悪化説の誤報は理解できるが、エリザベス女王の場合、女王は先月27日、英議会で演説をしたばかりだ。その女王がその数日後、死去するということは通常考えられない。BBC放送記者のツイッタ―記事を書いた記者と、それを確認せずに流したメディアはやはり批判されるべきだろう。

それにしても、コール氏とエリザベス女王が自身の危篤報道や死亡記事を読んだらどのように感じるだろうか。女王やコール氏からそのコメントを取って記事に出来れば、啓蒙的な興味深い記事となるのではないか。その記事のタイトルは「人は何度死ぬことができるか」だ。

独週刊誌シュピーゲルが届くと、当方は後頁の訃報欄から読み始めるが、最近、90代で亡くなる政治家や著名人が結構、増えてきた。それだけ、人は長生きするようになったわけだ。40代や50代で亡くなった人物を見つけると、「どうしたのか」と記事の内容を追うほどだ。いずれにしても、人生が長くなったので、実際に死ぬまでに何度も死亡記事を書かれる人物も出てきたわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年6月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。


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