安倍首相・対ロ交渉への期待 --- 井本 省吾

安倍晋三首相の外交力は歴代の総理大臣の中でも最高水準にあるのではないだろうか(少なくとも今のところ)。


4月の米議会での演説をはじめ、安倍首相の外交の多くは成功している。今回の主要7カ国首脳会議(G7サミット)でも、ウクライナ危機についてロシアを批判しつつ、「対立は対話をやめる理由にならない。プーチン大統領との対話は続けていく」と意欲を示し、仏独伊の首脳から「対話そのものはいいだろう」と「お墨付き」を得た。

米国のオバマ大統領も、日本がウクライナ問題でロシアに課している制裁の解除をしたり、大規模な経済協力をしたりすることには反対で、対話にも警戒しているが、強く反対してはいない。安倍首相がオバマ大統領に働きかけ、そう了承を得たようだ。

安倍首相はG7に先立って、ウクライナを訪問、ポロシェンコ大統領との会談で親ロシア派武装組織との停戦合意が守られていないことに触れ「大変遺憾だ。力による現状変更を決して認めない」とロシアをけん制している。

この発言が心憎いのは、ポロシェンコ氏から「ウクライナと日本には共通の隣国がある。ウクライナとの間ではクリミア半島併合の問題があり、日本には北方領土問題が生じている」という言葉を引き出したことだ。

安倍首相はG7でポロシェンコ発言を紹介しながら、日本は対ロシアでウクライナと連携しつつ、北方領土問題ではロシアとの対話が必要なのだと各国首脳に伝えることができた。

同時に「力による現状の変更を認めない」原則を、岩礁の埋め立てを強引に進める中国の南シナ海での行動にも当てはめ、「中国の行動に反対する」というG7首脳の一致した認識を引き出すことに成功している。

日ロ平和条約交渉は日本にとって北方領土を取り戻す不可欠の課題だが、ロシアにとっては極東開発を進めるために日本の経済・技術力を活用する重要なテーマである。

日本にとって、ロシアとの関係改善は中ロの接近を防ぎ、日本の安全保障力を高めるテコともなる。

ロシアがすんなりと北方領土を返還するとは考えられず、加えて対ロ交渉は対米関係、対中関係、そしてウクライナ問題をにらみながら進めねばならず、その複雑な連立方程式を解くのは容易ではない。

これからも難題を突きつけながら、狭い難路を歩む苦労が待っていよう。失敗して足を滑らす危険と隣り合わせの行脚である。

外交交渉は国益のぶつかり合い。少しでも有利に事を運ぼうと虚虚実実の駆け引きを伴う。ロシアとの交渉では日本は何度も苦渋を味わってきた。

ただ、原油価格の下落と経済制裁でロシア経済が疲弊する中で、ロシアは日本の力を借りたいという状況にある。加えて安倍―プーチンの関係は「ウラジーミル」「シンゾウ」とファーストネームで呼び合う信頼関係を築いている。昨年11月20日付けの日本経済新聞は両首脳の関係をドキュメントタッチで、次のように描いている。

「もちろんだ」。11月9日深夜、北京の釣魚台迎賓館の会議室で開いた日ロ首脳会談がいったんお開きになった後、近づいてきた首相の安倍晋三(60)から急きょ一対一の会談を打診されたロシア大統領のプーチン(62)は快諾した。日ロ双方の高官が退く中、最後まで席を立つまいと粘った外相のラブロフ(64)にプーチンは厳しく言い放った。「私のシンゾウが二人きりで話したいと言っているんだ。おまえも外せ」
2人は約10分間、部屋の隅で通訳だけを介して「相当突っ込んだ話し合いをした」(日ロ外交筋)。その後、部屋の外で待つ側近らの前にそろって姿を現し、満面の笑みを浮かべた。安倍はその後の記者会見で「来年のベストなタイミングで準備を進めていく」とプーチンの訪日に前向きな考えを表明した

重ねて言えば、外交に友情は存在しない。国益を巡る駆け引きが主体だ。だが、それでも首脳同士のウマが合うかどうかは、会談を有意義に進展させる大きなカギとなる。

どう実行して行くか。安部首相の知恵と戦略と行動力に期待したい。


編集部より:この記事は井本省吾氏のブログ「鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌」2015年6月9日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった井本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌をご覧ください。