歴史をゆがめ安保政策を誤る韓国-そして笑えない日本

2015年06月19日 00:01
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亡命中国人漫画家「きちがい唐辛子」さんは、「9条を守れデモ」が国会にあったとき、このマンガを掲げたという。(ツイッターより)日本の不思議な状況をよく表す風刺画だ。そしてこの文章のテーマとも関係する。

韓国の滅亡を止めたのは旧日本軍人

朝鮮戦争(1950-53)は隣国にとって大変な悲劇だった。3年の戦いで両軍の軍民約500万人の犠牲者を出し、同じ民族が殺し合った。韓国内でも、北朝鮮協力者とされた市民が、えん罪を含めて、殺害された。その数は20万人以上ともされる。犠牲者の冥福を祈りたい。

ところが、その歴史は韓国で、かなりゆがめられ始めているようだ。

北も南も国が成立直後で、両国の軍隊は外国の支援を受けた。当時韓国軍の上級指揮官は日本軍、またその影響下にあった満州国軍で教育を受け勤務した人々だった。朝鮮戦争当時の参謀総長丁一権(チョン・イルグォン)陸軍大将や、のちの朴正煕(パク・チョンヒ)大統領は満州国軍官学校(士官学校)を卒業し同国軍で軍務についた。

日本の陸軍士官学校を卒業した蔡乗徳(チェ・ピョンドク)大将は開戦時の参謀総長で戦死した。金錫源(キム・ソグォン)陸軍少将は首都師団を率いた。彼は日本の士官として日中戦争の活躍で、大変な名誉とされた日本の金鵄(きんし)勲章を受勲している。金氏は、太平洋戦争中は、両国の融和と戦意高揚の象徴として、日韓で頻繁に講演やラジオ・新聞・雑誌に出演していた。(慰安婦の虚偽物語にあるように、日本軍は朝鮮の少女を拉致するほど暇ではなかったし、人種差別はあったであろうが多少は朝鮮に配慮をした。)こうした人々の活躍で、北朝鮮の侵略を韓国は食い止めた。

またのちに参謀総長になった白善●(火ヘンに華)(ペク・ソニョプ)大将は、満州国軍勤務の後で、開戦時に30才だったが第一師団(師団は1万人強の規模)の指揮を執り、釜山近郊で北朝鮮軍の進撃を止め、平壌奪還で一番乗りを果たすなど奮戦した。現在は94才で「救国の英雄」と今でも尊敬されている。

戦争後に韓国は軍人出身者が政財界の中心に付いたが、日本の旧軍人と交流を続けた。著名な財界人で陸軍軍人だった瀬島龍三氏などは両国の橋渡しをしたし、中曽根政権までの歴代自民党政権は日韓関係で旧軍人ルートで意思疎通をしたという。

朴正煕大統領は陸軍少将からクーデターで1961年に政権を獲得した後で、表では反日を唱えたが、日本からの来訪者や旧友の前では「日本の統治は貧農の自分であっても教育を受けられるなど公正な点があった」と、全否定はしなかったという。前述の白将軍は米軍、日本の自衛隊関係者の尊敬を集め、両国で頻繁に講演などしている。

建前の反日が、世代代わりで国の政策に

最近、韓国の日本への敵意がさまざまな場で目立つ。かつて韓国の反日は、国をまとめるとか、軍事政権の不満をそらすなどの意図を持って、建前で行われた面があった。ところが日本を知る人たちが世代交代で少なくなり、建前が「国の政策」に変容してしまったようだ。

韓国では日韓の軍事面での交流の歴史は、もはや語られなくなっている。さらに過剰な反日意識によって、過去の自国の歴史認識も大きくゆがみ始めている。

韓国の有力紙朝鮮日報の12年10月22日の記事によると、市民活動出身の左派政治家の民主党議員金光珍(キム・グァンジン)議員(当時32才)が、白将軍が満州国軍で朝鮮独立軍を討伐した可能性があるとして国会の国防委員会で「民族の反逆者」「国は白氏に与えた栄誉を剥奪せよ」と主張し、騒ぎになった。

ちなみに「朝鮮独立軍」とは、彼らの歴史では、1919年の3・1独立運動の失敗で逃げた人々が戦い、そこから共産主義者の抗日パルチザンが発展していったとされる。北朝鮮で強調される「歴史的事実と称するもの」だ。

ところが日本側の記録では、国境地帯で活動した少数の「匪賊」(ひぞく・盗賊のようなもの)はいたが「独立軍」といえるほどの軍事上の集団はなかった。独立の信念に燃える朝鮮人もいたであろうが、おそらく、食い詰めた人々の集団であろう。実際は記録にそれほど残っていない。

このパルチザンで、金日成(キム・イルソン)は活躍し、日本軍・満州軍を破ったと「される」。しかし、それは捏造の可能性が高い。「金日成」という名を持つパルチザンの指導者は何人もいたが、1945年に北朝鮮に、ソ連軍の指揮下の朝鮮人部隊の指揮官として現れた「金日成」という男は、それを乗っ取った可能性があるという。(「朝鮮戦争--金日成とマッカーサーの陰謀」(文藝春秋)など)

北朝鮮、また日本の在日朝鮮人の民族教育では、この他人を乗っ取ったらしい謎の男「金」とパルチザンが国を解放したということになっている。金家と朝鮮労働党の統治権の正当性を示すために、嘘だらけの「建国神話」が語られ、信じられている。北朝鮮の国全体に犯罪性、いかがわしさを感じるのは、国の成立が嘘にまみれていることも一因だろう。

実際に当時を知る白将軍は回顧録で「朝鮮独立軍など見たことも聞いたこともないのに、どうやって討伐できるのか」と語っている。前出の金議員の誹謗は「32才の議員が老英雄を罵倒」と韓国内でも問題になったが、韓国の反日感情の異様さ、根深さを示すものだろう。敵国のプロパガンダを国会議員が「日本憎し」の感情から信じているのだ。

韓国の脅威は中国なのに…

そして朝鮮戦争は1950年、中国の参戦で米韓連合軍の勝利間近の状況が一変する。中国は「人民志願軍」の名目で約120万人の軍を投入。中朝国境近くだった戦線を38度線まで押し戻した。この中国の参戦は緩衝地帯の役割を歴史の中で果たしてきた朝鮮半島が、米国の支配下に統一されることを警戒したためだ。

ところが現在の朴クネ政権はこうした歴史の経験を踏まえず、成長著しい中国に接近している。日本への反日活動でも、協力の構えだ。中国の政権を担うのは朝鮮戦争時と同じ共産党であり、今の習近平国家主席は朝鮮戦争参戦を決めた毛沢東を再評価している。前述の白将軍を初め、韓国の国防関係者は大変な懸念を示している。保守系の政権であるにもかかわらず、中国と北に甘い態度を示しているのだ。

戦争や国際紛争で、中立などということはあり得ない。中国が東アジアで覇権を追求する危険な国になる今の状況では、韓国の進むべき道は同じ民主主義国である米日との安全保障・外交上の関係強化にあるはずだ。

そもそも朝鮮戦争で北朝鮮が、朝鮮を統一するという野望を抱いたのは、1948 年の中華民国の崩壊後にトルーマン政権のアジア政策が、中国共産党への態度に曖昧な姿勢を示したことがきっかけだった。米国が朝鮮半島からでていくと読み違えた。

現実をなぜ見ることができないのか

日本人と韓国軍のかつて存在したつながり。それは異様な北朝鮮の共産主義体制の拡大を防ぎ韓国を守った。その歴史的な事実が反日という感情で消されてしまう。こうした危うい反感を変えない限り、日韓関係の正常化は難しいかもしれない。

そして、この隣国の姿を日本は笑えないだろう。韓国は、ゆがんだ、感情による歴史認識が現実をゆがめ、「日本憎し」の感情で外交の現実を見えなくしていることによって、安全保障リスクを高めている。同じように、日本では70年前に決まった古びた憲法の好きな人々が、周辺の現実の安全保障リスクを見つめないで、「戦争法案反対」「集団的自衛権は違憲」を叫ぶ。

おそらく、極東アジアの安全保障リスクで大きなものの一つは、朝鮮での何らかの形の軍事衝突であろう。朝鮮戦争の歴史を学べば、日本と韓国は、中国・北朝鮮の脅威という安全保障上の共通のリスクを抱え、対応のための協力が必要であることを示している。「集団的」な安全保障体制を構築することによって、戦争の抑止力を準備しなければならないことは自明だ。

なぜこの現実に気づかない人が多いのか。

石井孝明
ジャーナリスト
メール:ishii.takaaki1@gmail.com
ツイッター:@ishiitakaaki

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