いま日本人にチャレンジングスピリットは足りてるか

経営者しかも創業社長の場合は恐らく日に8時間働いただけで済むという日は、年間を通じて殆ど無いのではないかと思います。即ち、寝ている以外は会社に関する事柄を基本考えるのが常であり、それを出来るだけ減らさねばと思いながらも、日々様々なディシジョンメイキングに迫られる中で已むを得ないようになるわけです。


寝ている間ですら奥歯を噛み締めたり、歯軋りをしたりしている経営者も多いと聞きます。私自身もそういう時もあり、歯がぼろぼろにならぬように何時もマウスピースを嵌めて寝ています。之から解放され好きな読書をして憂慮なく過ごせたら、どれ程幸せかどれだけ長生き出来るだろうかと思うこともしょっちゅうです。実に「任重ければ則ち責重く、責重ければ則ち憂深し」です。

しかし自ら会社を創って業を興し、そして数千人の社員とその家族を抱えますと、「お前ら、後は任せたぞ」と簡単に言って何もかもを忘れる気には、中々なれないものであります。己の気力・知力・体力が未だ未だ充実していると感じる時、創業経営者の気持ちというのは多分そういうものだと思います。

之が会社を売却するというような状況があったらば、後は任せたと言えるのかもしれません。但し他方ではまた、売却相手を選別すべく眠れぬ夜を過ごすことにもなるのだろうと思います。

『論語』の「子路第十三の二」に「有司(ゆうし)を先にし、小過を赦し、賢才を挙げよ…使用人の先頭に立って仕事を分担させ、小さな過ちは許し、優秀な人材は抜擢する」という孔子の言葉があります。

ただ今の世を考えてみるに、孔子の時代の如く才のみならず人物も含めた所謂賢才を挙げ「信用…信じて任せて用いる」するといったことが、中々難しい時代になってきているのではという感がしています。

賢才を募ろうにも今日本の就職状況で、中小企業の場合は中々困難かもしれません。優秀な者は大体が「寄らば大樹の陰…同じ頼るならば、勢力のある人のほうがよい」で大企業の志向であり、中々ここのところが昔から変わってないような気がします。

その点米国などでは、「鶏口牛後(けいこうぎゅうご)…鶏口となるも牛後となるなかれ:大きな集団や組織の末端にいるより、小さくてもよいから長となって重んじられるほうがよいということ」(『史記』)という部分が強く働いている部分がありましょう。

日本で活躍している創業社長の経歴を見てみますと、韓国人あるいは韓国人系が多いという事実が分かります。ソフトバンクの孫さん然りで彼らは自ら起業する以外、既存の保守的な日本社会の中で十分活躍できる状況にないと判断したのだろうと思います。日本人は此のチャレンジングスピリットが少し弱いのではないでしょうか。何事に対しもっと強く此のチャレンジングスピリットを持って貰いたいと思うのです。

35年程前、私が英国ケンブリッジ大学に留学していた時分、現在のチャールズ皇太子が来校されスピーチをされたことを思い出します。その演説内容は、『嘗て英国は7つの海を支配し、「英国の領土に日没することなし」と言われた時代がありました。多くの英国人エリート達がそうした新天地に向かい、それがまた英国の繁栄に繫がって行った時代です。翻って最近の若者に、此のチャレンジングスピリットが欠けているのではないでしょうか』との趣旨であったよう記憶しています。

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