頼もしい人とは?

2015年06月24日 17:49

国語辞書を見ますと、頼もしいとは「信頼できる。頼みにできて心強い」とか「期待できて楽しみである」等と書かれています。


しかし、明治生まれの日本が誇るべき偉大な哲学者であり、教育者である森信三先生は『「たのもしい男」とは、「責任感」の強い男性ではないでしょうか。ついで女性の特質は、すなおさとやさしさにあるといえましょう』と述べられています。

私は、責任感の有無は頼もしいか否かの一要素だと感じられ、それが全てではないように思います。

もちろん究極的には責任感なかりせば、結局頼り甲斐のない人で終わることもありましょう。

しかしながら責任感を有する人でも、安心感なく期待も出来ないケースは十二分に有り得ます。

例えば「此の子を見ていると、その行く末は非常に頼もしい感がする」というふうに、その子の将来についての期待感が表現できます。

あるいは、物凄い力持ちの男を見ていて「あぁ此の人、なんか頼もしいな~」と感じるケースもあるでしょう。

頼もしいという言葉が、信頼に足るとか、頼り甲斐があるとか、任せて大丈夫だといったニュアンスを含意するならば、森先生が責任感の強弱で定義される頼もしさとは、一表現として不十分と言わざるを得ないのかもしれません。

それから続けて「女性の特質は、すなおさとやさしさにある」と言われているわけですが、之また此の言にも私は多少の違和感を覚えます。

国語辞書を見ますと、素直とは「ありのままで、飾り気のないさま。素朴」とか「性質・態度などが、穏やかでひねくれていないさま。従順」等と、優しいとは「他人に対して思いやりがあり、情がこまやかである」とか「性質がすなおでしとやかである。穏和で、好ましい感じである」等と書かれています。

言うまでもなく男女夫々に素直な人や優しい人は沢山いますし、取り分け最近は男女の間で余り差は無いようにも感じられ、之が何か女性だけの特別な性質だとするのは少し違うような気がします。

当ブログではこれまでも森先生の言葉を多く取り上げ御紹介してきましたが、その殆どで先生の言に対して異論を唱えることはありませんでした。

しかし森信三という素晴らしい人物と雖も、時代的相違ゆえか必ずしもしっくり行かない部分は当然ながらあるものです。

私は『森信三全集』(全25巻:昭和40~43年出版)、及び『森信三全集続篇』(全8巻:昭和58年出版)全てに目を通し、そう感じた箇所は多々あった所で冒頭挙げた言葉はその一例であります。

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