交渉期限後の「外交の正念場」 --- 長谷川 良

2つの「6月30日」が過ぎた。一つは国際通貨基金(IMF)へのギリシャの債務返済期限だった。IMFはギリシャのデフォルト(債務不履行)を「延滞」と受け取り、今月5日実施のユーロ圏グループが提示した金融緊縮政策の是非を問う国民投票の結果待ちとした。もう一つの「6月30日」はイランの核協議で、国連安保常任理事国とドイツの6カ国とイラン間で最終合意を達成すべき交渉期限だったが、「まだ解決されなければならない問題が残されている」(ケリー米国務長官)として1週間余り、協議は延長されたばかりだ。

前者の「6月30日」は欧州経済ばかりか、世界経済にも影響を及ぼす深刻な問題だ。欧州連合(EU)、ユーロ圏諸国はギリシャ政府と最後の土壇場まで交渉を繰り返したが、チプラス首相が突然、債務返済期限後に国民投票を実施して緊縮政策の是非を問うと表明し、EU側を失望させた。ユーロ圏の財務相は、「国民投票を実施するのなら、なぜ6月30日前に実施しなかったのか」と不快感を吐露したほどだ。チプラス首相にとって、「6月30日」は対ユーロ圏との債務交渉の期限ではないわけだ。

イラン核協議では昨年11月、今年6月30日までに最終合意を実現することで一致したが、イランの軍事関連施設への査察、対イラン制裁解除の手順などで6カ国とテヘラン間で意見の隔たりが埋められずにきた。イランの核協議は2002年以来13年間、延々と続けられてきた。

2つの「6月30日」で、前者のギリシャの債務返済期限は明らかに時間が過ぎたが、債務返済交渉をしてきたユーロ圏諸国とギリシャは依然、最終的決定を下せずにいる。
一方、イランの核協議は4月の段階と6月段階でどれだけ前進があったか。4月の段階でも「まだ解決すべき問題が残されている」といってきた。そして6月末まで協議を延長してきた。極端にいえば、時間は経過したが、協議自体は停滞してきたというべきだろう。

2つの「6月30日」を振り返ると、外交の交渉期限は関係国の意向によって、延長されたり、無視されたりする。すなわち、外交世界では「時間」はアインシュタインの相対性理論ではないが、絶対ではなく、相対的に過ぎないわけだ。換言すれば、外交は最終決定まで非常に流動的だというわけだろう。
メディアは外交の交渉期限、日程を重視し、それまで協議がどのように進展するかを注視するが、協議を実際に行う外交関係者にとって、外交は国益を守ることにあるから、国益が守れないとなれば、交渉期限は意味がないため、容易に破棄したり、延長する。交渉期限が過ぎても何も決定されない時、メディア関係者は失望するが、外交官は新たな妥協を模索して必死の外交を水面下で進める。

ギリシャの債務返済問題では、チプラス首相は選挙前の公約を果たすためにあらゆる手段を駆使する。交渉相手を怒らすことも、ある時は騙すことも躊躇しない。いい顔を続けることはできない。交渉の風向きが良くなれば、突進する。まさに、外交は武器を持たない戦争だ。
イランの核協議も双方に相手への信頼がない。だから、口約束や文書も決して十分ではない。相手が約束を実施し、それを検証するまでは信頼できない。だから、交渉はきめ細かく、一つ一つ詰めていくしか道がない。イラン核協議が13年間も続いてきた理由だろう。

2つの「6月30日」という交渉期限はその成果をもたらさなかった。延長戦に入った今週末までに解決の見通しがつくだろうか。ギリシャの債務返済問題では5日に国民投票が実施され、イラン核協議では核保障措置協定を担当する国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長が急遽テヘラン入りした。交渉期限後に「外交の正念場」がやってきそうな雰囲気だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年7月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。