「核」は外交文書では消滅しない --- 長谷川 良

こんなタイトルをつければ、イラン核協議で昼夜問わず交渉している外交官たちを侮辱することになるかもしれないが、当方はやはりそのように感じるのだ。

ウィーンでイランの核協議が進行中だ。今回は最終合意が実現し、13年余り続けられたイラン核協議に終止符が打たれる、といった期待の声がいつもより高いが、どうなるだろうか。

イラン核協議の経緯を簡単に紹介する。

国連安保常任理事国(米英仏露中)と独の6カ国とイランの核協議は2008年から始まったが、イランの核問題自体は03年からで、今年で13年目の長期議題だ。イランがナタンツにウラン濃縮関連施設を有していることが同国反体制派グループの情報で明らかになって以来、イランの核関連活動が核エネルギーの平和利用ではなく、軍事目的の疑いが出てきた。特に、パルチン軍事施設(テヘラン郊外)で密かに起爆実験が行われた容疑が浮上し、欧米側とイランの間で激しいやり取りが交わされた。ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)の理事会では、イランに核計画の全容解明を要求する理事会決議案が採択され、国連安保理でも同様の決議が採択されるなど、対イランへの国際圧力は高まっていった。

今年4月、スイスのローザンヌで開催されたイラン核協議では「核組み合意」が実現した。具体的には、①ウラン濃縮関連施設はナタンツだけに限定。コム郊外のフォルド濃縮施設は研究施設に変える。ウラン濃縮の濃度は3・67%まで。核兵器に利用可能な高濃縮ウランの生産は認めない。遠心分離機数は1万9000基から3分の1の6104基に減少、最新型高性能遠心分離機の使用は10年間禁止、②イランの核計画を10年から15年まで制限する、③西部アラクで建設中の重水炉はプルトニウム生産が出来ないように再設計、改造する、等が明記されている。そのうえで、全てはIAEAの監視下に置き、IAEAに無条件の査察を認めるというものだ。

それを受け、ウィーンのイラン核協議では、①対イラン制裁の解除の手順、②パルチン施設へのIAEAの査察受け入れ問題の2点が集中協議された。①ではテヘラン側は最終合意の調印後、即制裁解除を求める一方、欧米側は最終合意の履行状況とその検証に基づいて対イラン制裁を漸次解除していくと主張。②では、「パルチン軍事施設は軍事関連施設だ。IAEAとの間で締結した核保障措置協定(セーフガード)外だ。どの国も自国の軍事関連施設を第3国に開示しない」(イラン最高指導者・ハメネイ師)と弁明し、イランはこれまで査察要求を拒否してきた。ただし、IAEAの天野之弥事務局長が急遽、テヘランに飛び、ロウハー二ー大統領とトップ会談、軍事施設への一定のアクセスを認めるという譲歩を引き出したといわれ、パルチン問題は解決に大きく前進したといわれる。

欧米側の主要目標は、イランが核兵器を製造できないようにすることだ。一方、イラン側は国内経済の回復には国際社会の制裁解除が急務だ。双方がそれぞれ目標を掲げて協議を続けてきたわけだ。

それでは、最初のタイトルの話に戻る。6カ国とイラン間で最終合意が実現し、関係国が調印したとする。それでイランは段階的に制裁解除という恩恵を受けるが、「イランの核能力を制限し、核兵器を製造させない」といった欧米側の願いは実現するだろうか。核合意が実現したとしても、イランがこれまで蓄えてきた核能力は消滅しない。極言すれば、イランはいつでも核開発を再開できるのだ。

「核合意は国際条約だ。イランは遵守しなければならない義務がある」と欧米外交官が弁明するかもしれない。それでは、「あなたはイランを完全に信頼しているのか」と聞くならば、返答に窮してしまうのではないか。欧米、特に米国とイラン間には信頼が欠落しているのだ。

最終文書の合意は外交官にとって勲章だが、核開発にとって余り意味がない。繰り返すが、イランは核兵器製造関連技術を既に修得済みだからだ。欧米とイラン間に信頼がない限り、核合意は何時でも破棄される可能性がある。信頼関係の醸成という、最終合意をまとめる以上に難しい仕事が残されているのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年7月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。