英国の「戦利品返還要求の退け方」 --- 長谷川 良

2015年07月26日 12:43

「英バーミンガム大学は、イスラム教の聖典コーランの世界最古の断片とみられる古文書が見つかったと発表した。放射線炭素年代測定によると、同古文書は95%以上の確率で西暦568年から645年の間の作成と判定された」という。

なぜ、このニュースが驚くべきかというと、発見された古文書がイスラム教の創設者ムハンマド(570年頃~632年)の同時代の人物による可能性が考えられるからだ。ひょっとしたら、「同記述者はムハンマドを個人的に知っていた人物かもしれない」(バーミンガム大のデビット・トーマス教授)というのだ。

考えてもみてほしい。イエスの言動が明記された新約聖書の多くはイエスが十字架で亡くなってから100年前後、後になってから書かれたものだ。多くは伝聞や言い伝えをまとめたものだ。イエスの教えをまとめ、神学とした聖パウロもイエス死後の人物だ。その意味からバーミンガム大で発見された古文書の年代が事実とすれば、歴史的な発見と評価できるわけだ。ちなみに、バーミンガム大は英国のイスラム教学のメッカだ。

発見された断片を検証した学者によれば、その内容や形式は今日のコーランとほぼ同じだったという。すなわち、イスラム教の聖典はキリスト教会の聖書とは異なり、時代の変化の影響をあまり受けていないという。

放射線炭素年代測定といえば、2000年前のイエス・キリストの遺骸を包んでいた布といわれる「聖骸布」の展示会を思い出す読者も多いだろう。同展示会は4月10日から5月23日の間、イタリア北部のトリノ市で開かれたばかりだ。
通称「トリノの聖骸布」と呼ばれる布は縦4m35cm、横1・1mのリンネルだ。その布の真偽について、多種多様の科学的調査が行われてきた。例えば、1988年に実施された放射性炭素年代測定では、「トリノの聖骸布」の製造時期は1260年から1390年の間という結果が出ている。イエスの遺体を包んだ布ではなく、中世時代の布の可能性があるわけだ。ローマ・カトリック教会側も同布の真偽については何も言っていないが、前法王べネディクト16世(2010年5月)、そしてフランシスコ法王(15年5月)が同展示会を訪れ、布の前で祈りを捧げている。

年代測定技術は急速に発達し、その測定値の誤差は次第に縮まってきているが、完全な年代測定は依然難しいという。その年代測定の難しさ、誤差を利用し、博物品の歴史的古文書の年代や発祥地を曖昧(ファジ―)に留めるケースがあるという。例えば、世界の各地からの戦利品が展示されている大英博物館だ。展示品の年代や発見状況が克明となれば、その歴史的遺品が見つかった国や関係者から後日、返還要求が出てくる恐れが考えられるからだ。

最近でも、3年前に盗難された長崎県対馬市の海神神社の仏像「銅造如来立像」が17日、韓国から日本側に返還されたばりだ。また、産経新聞電子版によると、「日露戦争後に日本が遼東半島の旅順から略奪したとする唐代の石碑『鴻臚井碑(こうろせいひ)』の返還要求が中国の民間団体『中国民間対日賠償請求連合会』から出ているという」といった具合だ。

バーミンガム大で今回発見された古文書はエジプトかサウジアラビアで見つかったものと推測されているが、公表されていない。

少し蛇足だが、「バチカン法王庁は、トリノの「聖骸布」の製造日や発見地について正確な情報を入手済みだが、返還要求や他宗派との紛争を回避するためあえて曖昧としているのではないか」という疑いが湧いてくる。考えてみてほしい。歴代法王が身元も分からない遺体を包んでいた中世時代の「布」の展示会をわざわざ訪れ、その前に祈りを捧げるだろうか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年7月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。


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