岐路に立つ世界経済

岡本 裕明

三重野康氏が第26代日銀総裁に就任したのは89年12月、その後、矢継ぎ早の金融の引き締め政策を展開したのですが、株式市場は総裁が就任した12月をピークに大崩落をしたのでありました。今、ふと三重野総裁が頭をよぎったのはイエレン議長はもしかすると同じような立場にあるのかもしれない、と考えたからです。

アメリカの景気は指標的には改善傾向が明白で、今週末に発表される7月の雇用統計も比較的良好ではないかと見られています。一時、回復が遅れていた住宅指標もここにきて良化し、自動車販売はトラック販売がけん引し、絶好調を維持しています。(北米における軽トラックの売れ行きを見ると世の中にSUVが出来て自動車の選択肢がすっかり変わったあの時が再び到来したようです。)雇用統計は既にFRBの射程圏内に収まりつつあり、唯一の表向きの懸念はインフレ率だけになってきています。

そのインフレ率は石油価格が再び下げ基調を強めており、これを書いている時点で既にNYで45ドル台をつけています。同様に資源価格も弱く、アメリカのシェールに対する打撃がもう一段、ありそうな気配となっています。この下落を引き起こした一つの理由はイランの経済制裁解除に伴う原油の輸出が引き起こすであろう需給悪化懸念でありますが、オバマ大統領は経済より政治を取ったと言われるかもしれません。

ロシアに至っては最近はニュースすら出てこないのですが、2015年の第1四半期GDPがマイナス1.9%で専門家は第3四半期までは少なくともマイナスが続くと予想しています。原油、ガス価格の下落が効いているので場合によっては年後半に景気が改善する見込みは楽観的すぎるぐらいかもしれません。

中国やブラジルなど他の新興国については言うに及ばず、であります。

アメリカだけが一人勝ちというシナリオが存在するのか、それこそかつて否定された世界経済のデカップリングが実はアメリカには有効であると言わんばかりのストーリーにはまだ、疑問符がいくつかついてしまいます。

観光シーズン真っ只中のバンクーバーでは一泊数百ドルも払い、ちょっとこじゃれた店でディナーを食べれば一人5000円では足りないぐらいなのにも拘わらず、それでもかつて見たことがないくらい人、人、人で溢れかえっています。私の顧客の500室越えのホテルは満室御礼が続き、てんてこ舞い、駐車場に停まっているのは高級ライトトラックばかりでセダンは肩身の狭い思いをしています。ホテルの決算も史上最高水準を維持していると聞いています。

私が三重野総裁が頭をよぎったのは正に一歩外を見ればかなりあやふやな経済状況なのに個人景気だけは奇妙に良くて人々がお金をどんどん使っているその姿にバブルのあの瞬間と同じものを感じないわけにはいかないのです。

では引き締めるべきなのか、という点に関しては相当注意深く、ゆっくり導入し、三重野氏の様に矢継ぎ早の火消をしないことでしょう。私にはガラス細工のような景気に見えます。

折しもNYの株価は三尊天井をつけたかも知れないと報道されていますが、私もそれは感じていました。そのNY市場は今日もしっかり下げていますので夏以降の相場に黄色信号が灯ります。株価がピークの時、そして海外経済がボロボロになりつつあるこの時のイエレン議長のかじ取りは相当難しいものを要求され、伝統的なやり方では乗り切れない気もします。

最後に日本ですが、やはり、安倍内閣の信任が下がっていることが最大のネックとなります。日本の株式は海外からのマネーがあってこその市場です。そしてそのマネーを取り込むのは安倍首相の強い経済への信念であったことを忘れてはいけません。まずは8月の戦後70年のステートメントを無事乗り切り、安保関連法案とTPPという大きなハードルを乗り越えるのが株式市場、ひいては日本経済を一定水準で引っ張るためにはマストのアイテムとなるのでしょう。

近隣諸国が日本を苛めるのに株式を売り浴びせるという手法があることも頭に入れておいた方がよさそうです。そういう意味での経済のデカップリングは本来はやっぱりないとは思っています。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 8月4日付より