強制連行への賠償を考える

三菱マテリアルが訴訟になっている戦時中の中国人の強制連行と労働について賠償を払う和解交渉が進んでいるようです。中国における裁判では原告が一人当たり100万元(2000万円)を要求していますが、その十分の一である10万元(200万円)で和解に持ち込もうとしています。

この動きに対する考えは一読後の直観とは別に切り口が多く、非常に複雑な思いであります。多分、本件に興味をお持ちの多くの日本人も意見が割れるかもしれませんが、多くはなぜ今、払うのか、という疑問が主体であろうかと思います。私もその究極の疑問は解けません。

三菱マ社が中国事業を含め、過去の遺物を片付けたい気持ちが非常に前向きであることには評価します。そして同社の社外取締役を務めているのが岡本行夫氏がキーパーソンである気がします。氏は外務省を91年に退官し、橋本、小泉両総理の内閣総理大臣補佐官を務めたほか、政府の重要なポジションを勤める一方で大手企業の社外取締役を数多くこなしています。テレビのコメンテーターとしてもちょくちょく出て来ています。いわゆる親米派としてよく知られています。

とすれば岡本氏を通じて今回の三菱マテリアルの賠償和解案は当然日本政府の耳には入っていたはずです。では、今回の動きが極めて政治的な背景を考慮したものなのか、ここが読み切れません。

日経によると「国交正常化をうたった72年の日中共同声明は『中華人民共和国は、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄する』と宣言した。日本政府は声明に基づき、国家間だけでなく、個人の賠償請求権も放棄したとの立場だ。07年に最高裁も個人の賠償請求を認めない判断を示した。ただ最高裁は関係者による自発的な被害救済は妨げないとの意見を付していて、これが民間による和解の動きの背景にある。」とあります。

つまり、「自発的被害者救済を否定しない」という判断をよんどころに同社が新たなる切り口を開けたとするならば見方によっては称賛されるかもしれません。が、問題はこの強制連行の疑いがある企業群は相当あり、他社がこの新たな動きに引っ張られる可能性が大いにある点が気になります。

ちなみにその疑いがある企業は中央日報によると三井・住友・麻生グループ・宇部興産・東海カーボン・日本コークス工業・新日鉄住金(旧新日本製鉄)・古河グループ・電気化学工業が上がっています。強制はしないけれどボランティアで賠償をすることが企業イメージにプラスと判断され、三菱グループがその先陣を切ったというのは他社が追随することをある程度前提にしているとしか思えません。

日本と韓国、中国で争われた戦時中の賠償については両国間とも政府レベルでは既に和解が成立しています。但し、個人ベースではその賠償の責を逃れられないというその判断が日本を苦しめているのが実情です。ご承知の通り、韓国慰安婦問題はその典型であって、2011年の韓国の憲法裁判での判決から韓国は日本に対して尋常ではないレベルで慰安婦問題解決のためのプレッシャーを出し続けているのです。

そして、韓国と中国ではもう一つ切り口が違うのは韓国は当時、日本の植民地であったことであります。その為、韓国人も日本人も同じ枠組みの中にあったのですから仮に日本政府が韓国人慰安婦に賠償なりを行えばそれよりはるかに数の多い日本人慰安婦へも同様の賠償義務が発生しないとも限りません。

ところが中国は日本の植民地ではなかったわけで、そのあたりが韓国と中国への対応が微妙に変わる点の一つになろうかと思います。

但し、そこまで詳細に本件を読み込む人がどれぐらいいるかわかりませんし、感情論が先に出てしまえば、中国に良い顔をし、韓国には厳しいという世論が立たないとも限りません。

また、中国のことですから、これを切り口に次々とでっち上げの強制労働が出てくるかもしれません。日本が企業イメージを大事にするあまり、金で解決すると思わせたとしたらこれは大変な面倒な一歩になります。このあたりのコントロールが出来るのかどうか、これも今後のポイントの一つとなりましょう。

私が思うのはどうも日本は中国とは良好な関係を保とうとしているように見えます。それは経済的理由もあるでしょうし、喧嘩しないで済むならそれに越したことはないからでありましょうか。ならば、逆に岡本氏を介して日本政府のたくらみだったと言い切れないこともないでしょう。ここはどうしてもすっきりしないし、今後も不明瞭なままに進むかもしれません。何か引っかかるものが残ります。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 8月5日付より