「21世紀構想懇談会」報告書と世界のパワーバランス

2015年8月14日に発表予定の「戦後70年談話」の作成に向けて、安倍首相が設置した私的諮問機関「21世紀構想懇談会」が、昨日(8月6日)に報告書を公開した。

70年談話はこの報告書の内容を踏まえて、(多分、既に完成している可能性が高いが)最終調整される。マスコミ報道では、首相の歴史認識をはじめ、「侵略」「反省」等の表現振りに注目が行くが、世界の勢力均衡(Balance of power)が急速に変化する中、その見通しや対応策が最も重要であり、報告書には以下の記載がある。
 


戦後70年において、日本の安全保障にとって米国の存在は圧倒的であり、日本が世界で最も兵力規模の大きい国々が集中するこの東アジア地域において一度も外国から攻撃を受けることなく、平和を享受できたのは、日米安保体制が作り出した抑止力によるところが大きい。日本は日米安保体制の抑止力と信頼性の向上のために、自衛隊の能力に相応しい形で、米国との防衛協力を進めてきた。

しかし、本来は同盟国である米国との役割分担に従って決めるべき防衛力の水準を「GNPの1%以内」と日本が定めてきたことは、日米安保体制に一定の制約を課すことにもなった。こうして日本の防衛費は対GDP比では世界100位以下の低水準で済んできたが、中国の軍事費が膨張する中で日本の防衛費を経済指標(GNP)にリンクし続けることの妥当性についての検討も、必要になろう。

対GNP比でリンクする日本の防衛費を見直すには、財政再建が不可欠であることは明らかだが、特に上記の下線の前半部分は重要である。というのは、2030年以降、防衛予算におけるアメリカの優位性は急速に衰える可能性が高いからである。

まず、以下の図表1は、2010年時点におけるアメリカ・中国・日本等の22か国の防衛予算(単位:10億ドル)を棒ブラフで図示したものである。このうち、黒色の棒グラフがアメリカ、赤色の棒グラフが中国、緑色の棒グラフが日本の防衛予算である。

また、黄色の棒グラフは、図表のうちアメリカ以外の国々の防衛予算を合計したものを示すが、アメリカの防衛予算を表す黒色の棒グラフは、この黄色の棒グラフよりも長い。これはアメリカの圧倒的な軍事力を意味する。

だが、ゴルードマン・サックスのGDP予測等を利用し、直近の対GDP比での防衛予算が不変であるという前提の下、将来の防衛予算を推計すると、2030年の姿は以下の図表2のようになる。

図表から一目瞭然だが、もはやアメリカの防衛予算は、アメリカ以外の国々の防衛予算の合計よりも少なく、その7割程度になってしまう

むしろ、衝撃的なのは、以下の図表3の2050年の姿である。中国の防衛予算が、アメリカの防衛予算を上回っていることが読み取れるだろうか。厳密には、ゴルードマン・サックスのGDP予測等を利用した将来の防衛予算の予測では、2045年頃、中国の防衛予算はアメリカを上回る

筆者は基本的に無党派であり、安保法制は「違憲だが必要」(※)という立場だが、以上の通り、世界の勢力均衡(Balance of power)が急速に変化することを念頭に、外交・安全保障のあり方を冷静かつ慎重に議論する必要があると考える。

このほか、IT等を利用した最先端のサイバー軍事技術も急速に発展中(将来的にはMicro Droneも)であり、外交政策を含め、いま、第35代アメリカ合衆国大統領John F. Kennedyの「Domestic policy can only defeat us; foreign policy can kill us.」という言葉の意味が改めて問われる時代に突入している。

※ 立憲主義との関係で、安保法制上求められる措置との調和は図るには、憲法改正が王道だが、取りあえず、維新案が適切かもしれない。

(法政大学経済学部教授 小黒一正)

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