原発再稼働に思うこと

2015年08月11日 09:26

あの震災で起きた東電の原発事故は震災とは別次元の大きな議論を巻き起こしました。もともと原発に対するアレルギーがあった中での事故でしたから多くの国民が拒否反応を示しました。一方で電力不足という危機と直面したのも直後の夏でした。

電力会社は代替エネルギーの安定確保のため、液化天然ガス(LNG)を求め、長期契約を次々と結んだのは良かったのですが、足元を見られ、とてつもなく高い金額での契約となりました。北米でガスの価格が低迷していたのに突如降ってわいたようなガスブームはここカナダでもアジア向けLNG輸出基地の開発が進む大きな原動力となりました。

一方の政府では日本のエネルギーのあり方について電源構成のベストミックスを議論、原発の電源については当面は必要であると結論付けました。その中で国民の拒否反応の強い原発をどう再稼働していくのか、システムなどのハードの強化と共に原発所在地における議論(ソフト)を展開させ、九州 川内についてはいよいよ今日、再稼働にこぎつけたわけです。

多くの人にとって大きな意味のある日となります。

日本という国は地震、火山、台風など自然災害と対峙し続けた国家でありました。長い日本史の中でたびたび大地震が起きたことも記載されています。勿論、今から数百年、千数百年前の被害状況など分かるわけもなく、人口も今ほどいませんでしたし、建物などの構造物も少なく、被災の具合など今とは比較対照になりません。ただ、言えることは日本はそのような自然災害と常に向き合い、乗り越えてきたということであります。

東電の原発事故は人災でありましょう。そしてあの震災はそのシステムを作り、承認した政府を含むあらゆる関係者の想定を超えていたことも確かです。しかし、日本の歴史を振り返ればそれに屈しているわけにもいかないのも事実です。

時期が時期だけに広島の街が焼けただれた写真をよく見かけます。私も原爆ドームで深く感じるものがありましたし、井伏鱒二の「黒い雨」などは読んだだけでゾッとする思いであります。

一方で今の広島はあの時の様相を全く想像させない復元力を持っています。正直申し上げると綺麗に整備された原爆ドームにしてもその横のあまりにも立派な記念館もあの悲惨さとはかけ離れていすぎてちょっとびっくりすらするのです。あの過去の微塵も見せないのは逆にそれを消し去ろうと努力したとも言えないでしょうか?それは乗り越えて現在に至るということではありせんか?

きょう再稼働する川内原発が安全で地元も安堵できるようなものになってもらわねばなりません。同時に今後もいくつかの原発が再稼働するでしょう。そして今のところ、そのすべてが加圧水型軽水炉であります。

報道によると原子力規制委員会はいよいよ沸騰水型軽水炉の検査に入るようです。そしてその注目べき内容とは東電の柏崎原発を最優先し、他の沸騰水型軽水炉の審査のベンチマークにするとのことです。理由は柏崎が最新式の設備を誇り、東電が検査のやり取りの対応に素早いというのです。つまり、ついこの前まで劣等生そのものだった東電が今やリーダーになっているのです。これも東電の危機、日本の電力危機を乗り越えてきた努力の成果だと考えています。

もちろん、こんなことを書けばお前は東電の回し者か、とか東電は死ぬまで恨み続けるという方もいるでしょう。しかし、我々人間は自然との闘いを今後も何百年と続けていかねばなりません。その中で想定以上の自然災害で人口構築物が崩壊したことを悔やみ、更に壊れないモノを作る英知があることを信じ、努力する者を支える必要もあるのではないでしょうか?

東電を叩き続けるのは自由ですが、彼らも猛省し、今、彼らはその難局を乗り越え、日本のエネルギーを新たな見地から支えようとしている点は評価すべきです。彼らもあの事件を風化させることは決してないはずです。

2011年のあの日からようやくここまでこぎつけたのかと思うと感無量です。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 8月11日付より

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