安倍首相への公開状~謝罪は屈辱の対義語である~

2015年08月21日 17:23

安倍晋三総理大臣

先日発表された戦後70年談話は、各方面への配慮がうかがえる周到な計算に満ちたものでした。それはあなたの当初の思惑とは違う、先鋭且つ挑発的なものではなく、全体として見れば各国が外交上は余り文句を言えない常識的な内容になっています。ひっかかるのは、謝罪が間接的な表現になったことと、未来の日本人は謝罪を続ける必要はない、としたところでしょう。そこにはあなたの本心がてんこ盛りになっていて、中韓との真の和解がまた遠のいたことを知らせてくれます。中韓との和解が完成しない限り、世界との「真の和解」もあり得ません。

各国政府とメディアの反応

中韓は、「植民地支配」「侵略」「痛切な反省」「おわび」といういわゆる「4つのキーワード」がすべて入っているため不満ながらも強い批判をせず、アメリカに至っては談話を評価する姿勢さえ示しています。他の国々は静観というふうですね。「私の謝罪」という形を避けたあなたの狡知な表現は、中韓でさえ表立って批判はできないものの、だからと言って彼らとの和解が進む形での談話内容でもなかったのは明らかです。

アメリカは、日韓両国の最大の友好国ながら、国益のためには冷徹な決断を下すことを少しもためらいません。近い将来日本を巻き込んで、少なくともアジア太 平洋地域で展開する米軍事費用の多くを負担させたい彼らは、それに向けてどうしても必要な日本の安保法案の成立を後押ししなければならない。だから談話にケチをつけてあなたの立場を弱くしたくない。かくて中韓、特に韓国の不満に寄り添うよりも、あなたの主張を「取り敢えず」は評価するというポーズを取りました。

米政府の見解とは対照的にアメリカのメディアは、ここ欧州のほとんどのメディアと足並みをそろえるように、あなたの談話内容に厳しい見方をしています。私はほぼそうしたメデァアの主張に賛同していますが、これは私が欧州に住んで「西洋かぶれ」になっているからではなく、歴史を直視したい1人の日本人としての立ち位置から眺めて、どうしてもそうなるのだ、ということを先ず強く主張させていただきます。

期待はずれ

私はあなたが談話を発表する前、あなたが世界をあっと言わせるような内容を開示してくれるかもしれない、と敢えて数字に示せば1%程度の確率で期待しました。それというのもあなたが、世論の反発と中韓米その他の国々の牽制発言に不安を覚えて、当初の独りよがりな声明内容から、侵略やお詫びや痛切な反省等々の言葉を盛り込んだものに変えるらしい、という憶測が流れていたからです。

私はあなたがそこからさらに大きく踏み出して、国内の右派も左派も中韓も、また他の世界の国々をも驚かせる内容の談話を発表する可能性が全くないとは言えない、と密かに思ったのです。それは基本的に村山談話を全面的に踏襲して、さらにあなたがあなた自身の強い言葉と表現で、心からの謝罪を改めてする、というものでした。 あり得ない? いえ、あり得ないように見えるからこそ、私は殊更にそう考えてみたのです。

世界から歴史修正主義者のレッテルを貼られているあなたが、180度転回して歴代のどの首相よりも深いお詫びをすることで、中韓を始めとする国々を驚かせ 納得させる、つまり最終的でトータルで完全な謝罪を完遂するかもしれない、と私は心の片隅で本気で期待しました。もしそうなればあなたが談話で言及した 「将来の日本人が最早謝る必要のない」環境がすぐさま作り出されていたことでしょう。

ドイツの謝罪と再生

それは私ひとりの中で生まれた根拠のない妄想ではなく、日本と似た戦争体験を持つドイツが、戦後あざやかに暗い過去を克服して行った歴史の歩みに鑑みて、『あるい は・・』と思いついたものでした。1970年、ドイツがまだ戦争犯罪の後遺症で苦しんでいた頃、当時のウイリー・ブラント首相はポーランドのゲットー英雄 記念碑の前で献花をしたあと、おもむろに大地に跪(ひざまず)いて黙祷し世界を驚かせました。それを政治家のポーズとして捉えることもできますが、彼は「そこに立っているだ けでは十分ではないと感じ自然に跪いた」と追って述懐しました。その後の歴史は、彼の行為が偽善ではなく勇気あるものだった、として讃えています。

彼の真摯な行為は、最大の被害者だったユダヤ人やポーランド人を始め、世界中の人々の憤懣を氷解させました。しかし、ドイツ国内の保守派は首相の行為をやり 過ぎだ、屈辱行為だとして糾弾しました。彼らは、跪く行為が敗北であり屈服であるという、暴力や戦闘行為に関連付けた考え方をしたのでした。しかしな がらブラント首相の行動は、前述したように、屈服や屈辱の表明ではなく、ドイツが世界から許されて先の大戦の汚濁の中から立ち上がり、再び誇りと尊厳を取 り戻すきっかけを作ったのです。

ドイツの保守派が歴史の事実を受け入れて改心し生まれ変わるまでには、それからさらに時間が必要でした。ブラント首相の跪座から15年が経った1985 年、つまり第2次対戦の終結からちょうど40年後、当時のヴァイツゼッカー独大統領は、終戦記念の議会演説で「歴史を変えたり、なかったりすることはできない」「過去に目を閉ざす者は、現在に対しても盲目になる」という表現で、ドイツの戦争責任やホロコースト(ユダヤ人大虐殺)と率直に向き合うよう国民に求めて、世界を感動させました。

戦後40年の節目に行われたその講話で、さらに大統領は「非人間的な行為を記憶しようとしない者は再び同じ危険に陥る」「戦争が終わった5月8日は“敗戦の日”ではなく、ナチスの暴力支配からドイツ国民が自由になった“解放の日”である」とも断言しました。ブラント首相の謝罪をさらに推し進めた大統領の良心の叫びは、ついに国内の保守派の人々をも突き動かし、ドイツは歴史を真正面から見つめて揺らがない国へと変貌して行きました。ドイツの戦後はそこで終わり、未来へ向けての新しい歩みが始まったのです。

終わらない日本の戦後

ドイツのブラント首相の行為は、村山元首相の戦後総括談話になぞらえることができます(跪く機会もまたその必要もありませんでしたが)。私はあなたがもしかすると、ヴァイツゼッカー独大統領の役割を果たしてくれるのではないかと密かに期待したのです。そういう話の流れなら村山談話をほぼそのまま踏襲した 2005年の小泉談話がある、という人もいるでしょう。しかし、それでは物足りません。もっと劇的なインパクトのある談話でなくては、先の大戦の巨大な罪とその後の歴史認識の迷走を帳消しにして、日本を甦らせる力はありません。

現に小泉談話のあとも、韓国は解決済の事案を持ち出して日本を責め、中国も同じ動きを見せてきました。もっとも彼らの怒りは、徹底した謝罪をした筈の日本 政府内で、これを否定したり或いはないがしろにするネトウヨ閣僚や議員などが続出することから来ています。閣僚どころか日本のトップであるあなた自身が、 そのあたりのゴロツキのネトウヨよろしく「侵略の定義はない」「教義の強制性はなかった」などと、欺瞞を正当化するための瑣末を相変わらず口にするのですから、彼らの不信感が募るのも無理はありません。

それに加えてあなたは、中韓に限らず多くの国々が疑問を持つ靖国参拝を強行するなど、歴代内閣の「真摯な謝罪」を台無しにする行為を行ってきました(その意味では小泉さんも同罪です)。それらは日本国内で歴史認識の筋道が未だ確立されず、故にその共有も全く存在しない現状を露呈するものにほかなりません。そのために中韓はもちろん国際世論の大半が、日本の反省と謝罪は無条件に信用できるものではない、と今もなお判断し続けています。

日中韓の兄弟DNA

あなたは、「私が謝るのではなく、歴代政権が謝ったことを認める」という言い回しで、中韓を敵視する排外民族主義者や極右政治家群や歴史修正主義者やネトウヨ 等々に仁義を切ったわけですが、そうすることであなた自身も、中韓だけが視界に映る視野狭窄に陥っていることを白状しています。私はそこがいつも不思議でなりません。

先の大戦の総括に議論が及ぶ場合には、たとえ対象が中韓であっても、背後にその他の「世界の全て」が控え、監視していることを決して忘れてはなりません。そこで形成される国際世論は、前述のあなたの言い回し、つまり安手の建前論に誤魔化されるほど馬鹿ではありません。そういうやり方は世界的にはひと言で片付けられてお終いです。即ち「姑息」な論法と。

あなたの支持母体である民族主義者や反動右翼やネトウヨの皆さんは、世界から目を逸らしたまま日本という一軒家にこもって、壁に向かって常に怨嗟を叫び続けています。私が「引き籠りの暴力愛好家」と規定している彼らの視界に辛うじて入っている外の世界は、隣の、彼らにとっての「劣等国」の中韓のみです。

彼らは同類の者同士でつるんで、隣国の「劣等国民」を罵倒しては自己満足に浸ります。実はそれと同じことを、まさに中韓の一部の人々もやっています。あちらのネトウヨの皆さんです。反日をあおる中韓のそれらの人々と、日本のネトウヨ民族主義者の皆さんは、実は同じアジアのDNAで結ばれた血縁の濃い兄弟です。心が狭く、未開で、無知で、ネチネチと細部にこだわり、怒りっぽい。

中韓のネトウヨの皆さんが怨みつらみに絡めとられて、こめかみの血管を膨らませて日本を罵倒すれば、日本のネトウヨの皆さんは、南京虐殺の被害者数を執拗に問題にし、慰安婦に軍が関わったことを示す証拠はないと重箱の隅をほじくっては得意になり、果ては侵略の定義はない、などとかつての日本軍の蛮行をなんとか否定しようと試みる。瑣末にこだわる粘着質のそうした性根は日中韓で共通しています。

和解こそ未来志向の原点

戦後処理と和解には1-法的処理、2-謝罪、3-和解の3段階があるとされます。そのプロセスは加害者側が真摯に誠実にこれを執行するときにのみ完遂されます。例えば韓国との間の法的処理は、1965年の日韓基本条約等で既に完成しています。それを無視した言い分には冷静に対応し、なお埒が開かない場合には、事案を国際法廷に持ち込む可能性も考えつつ、しかし飽くまでも和解を目指している間柄ですから剣呑な動きは最終手段にして、そこでもできる限り話し合いによる解決を模索して行くべきです。

ネトウヨ民族主義者の皆さんは、何度謝罪すればいいのだ、とすぐに目を剥いて蛮声を挙げます。その答えは単純です。つまり、和解が成立するまでは何度でも 謝るのです。あるいはそのつもりで相手と対するのです。こちらに真心があるなら謝罪は必ず受け入れられます。確かに中韓共に日本に対して頑なに過ぎて、和解は遠いと見えることもあります。だが、日本はつい最近まで中韓とも完全和解に向けた歩みを続けていました。

それを停滞させたのは、日本側の事情に限って言えば、安倍首相、あなた自身の言動です。今からでも遅くありません。あなたが真に歴史に名を刻みたいなら、あなたの支持母体である多くの保守派やネトウヨの皆さんなどの反発を覚悟で、これまでの政策を一度方向転換し、アジアの隣国との真の和解を最優先事項にするべきです。その上で、憲法改正を含むあなた本来の政策を真正面から推し進めれば、あなたは先の大戦の亡霊のしがらみから遂に日本国民を解き放した名宰相として、必ず歴史に名を残すことでしょう。

敬具

仲宗根雅則
テレビ屋
イタリア在住

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