自衛隊を違憲の存在から救う憲法解釈

2015年08月31日 22:20

自衛隊を違憲の存在から救う憲法解釈に二通りがあり得る。

一つ、憲法前文と第九条はアメリカとの条約である。アメリカが日本に再軍備を要求し、日本がそれにある程度応え、その上日米安保条約を締結した時「(軍備でなく)諸国民の公正と信義に信頼して」わが国の安全を守るとする前文と九条は変更された(又は死文となった)とするもの。但しこの解釈は従来の政府の説明と違いすぎるので現実的ではないし支持する学者もいない。

二つ、芦田(均)修正を活かすことだ。つまり「国際紛争を解決する手段として戦争と武力行使」を行うための戦力は放棄すると解釈する。当然自衛権行使のための戦力の保持は許されるとする。

この解釈を補強する条文もある。それは第六十六条第二項「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」。この条文は非文民即ち軍人の存在を前提としているので「現役軍人は国務大臣になれない」と解釈する。芦田修正と同時にこの条項が挿入された立法過程とも符合する。
但しその場合でも後段「国の交戦権は、これを認めない」をどう解釈すべきか問題は残る。これは学界では少数説。

この条文が排除する文民とは「職業軍人の経歴をもたないもの」の解釈もあったが、それでは単なる経過規定であることになり、本章におくのはふさわしくなく、又「軍国主義思想の持ち主でないこと」と解釈すれば憲法が定める「思想信条の自由」に反することになる。素直に文民を非軍人と解釈するのが至当だろう。

改正論としては九条二項削除論が一番すっきりするが、遺憾ながら政治的にほとんど不可能だ。

何れにしろ従来の「自衛のための必要最小限の戦力は憲法が規定する戦力ではない」とする政府見解は筋が悪すぎた。政府はこうした詭弁ではなく、芦田修正の意をくんで第二項は自衛戦力を禁じていないとの立場を取るべきであった。

ところで憲法には明白な誤りがあることはよく知られている。それは第七条(天皇の国事行為)第四項  国会議員の総選挙の施行を公示すること。
衆参両院中参議院に総選挙はない。従ってここは「衆議院の総選挙」とするか又は「国会議員の選挙」としなければならない。
マッカーサー草案では一院制であったので国会即衆議院であったが、日本側の修正で二院制にした時、この部分の改正がもれた。それに誰も気づかなかったとは。

政府自民党は試みにこの改正を提起してはどうだろう。この明白な誤りの改正に反対する政党は野党にもいないはずだ。それによって明治憲法、現行憲法を通じて一度もなされなかった憲法改正の前例を作ってはどうだろう。

青木亮

英語・中国語翻訳者

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