「坂の上の雲」では分からない明治の群像1

2015年09月09日 21:10

6年前「坂の上の雲」がNHKでドラマ化された際に書いた拙文を加筆修正したものです。ここで「坂の上の雲」の主要な登場人物を素描してみました。但しあの小説にはないエピソードを含んでいます。

先ずこのドラマのキャスティング。3人の主役秋山兄弟、正岡子規はいい。特に子規は香川照之以外に適当な役者を想像するのはむずかしい。だが児玉源太郎役の高橋英樹はいただけない。単に年齢の問題。児玉がこのドラマで初めて登場するのは陸軍大学校幹事としてだが、この時児玉の年齢は三十代半ば。そして享年は54歳。ところが高橋は60をとっくに超えている。もっと若い人がやるべきだろう。それに山県有朋役の江守徹も問題。残された写真からも分る通り山県は鶴のようにやせていた。江守では肉付きがよすぎる。

小説という形式上やむをえないが、司馬の小説は来年取り上げられる「龍馬がいく」もそうだが高級講談と心得て読むのがいい。但し「街道を行く」「この国のかたち」等の歴史随想では、もっとまじめに言い換えれば自らに誠実に書いている。私はこっちの方が好きだ。坂本龍馬と言えば、小説ではなく菊地明のものがいい。

司馬は「韃靼疾風録」を最後に小説というジャンルから離れる。私は、その理由は、見てきたような嘘を書き、自己と読者を欺くこと耐えられなくなったからであると愚考している。海音寺潮五郎、大佛次郎も同様に作家人生の後年小説を書かなくなり史論又は歴史随想しか書かなくなった。

司馬史観とは何ぞや? 私は司馬史観などないと思っているが、強いて言えば小説における英雄史観と歴史随想における非英雄史観或いは唯物史観の矛盾する混交物だと思っている。「司馬の唯物史観なんて初耳だ」と言われそうだ。例えば中国史は、漢帝国をピークとしてその後長く国力が停滞した理由として、司馬は製鉄能力の推移にその鍵を見る。鉄は武器として農機具として欠かせない。なぜ製鉄能力が漢帝国以後低下したか。それは石炭を知らなかった当時燃料としての森林資源の減少が決定的であったと説明する。これを唯物(唯鉄?)史観と呼んで構わないと思う。

ただ唯物史観では、人物が躍動する小説にはならない。小説では自ずから英雄史観にならざるを得ない。その一例を挙げれば「坂の上の雲」では秋山兄弟によって日露戦争に勝利したかのように書いている(兄好古は騎兵隊指揮官、弟真之は聯合艦隊参謀)。だが「明治という時代」では、秋山兄弟がいなければ、代わりに誰かが兄弟の代わりの役割を果たしたであろうと書いて英雄史観を否定している。例えば真之の代わりになり得る人物として佐藤鉄太郎を挙げている。
それに司馬の日露戦争観は揺れ動いている。一方では「日露戦争までの日本の進路はよかった」と言いながら他方では「日露戦争は戦うべからざる戦争であった」と書いている(「坂の上の雲」文庫本後書き)。一方では「日露戦争は自衛戦争であった。もし敗れていたら私達は今頃ロシア語を話していたであろう」と言いながら、他方では「人口稠密(当時5千万)でめぼしい資源もなく、産業と言えば農業しかなかった日本本土にロシアは興味をもたなかった」と書いている。
日露戦争を深く理解するには、「坂の上の雲」だけでは不十分で、石光真清の自伝四部作、児島襄の「日露戦争8巻」、最新のものでは半藤一利の「日露戦争3巻」を読むのがいい。続く

青木亮

英語中国語翻訳者

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