「火花」を超える370万部、主権者教育「副教材」の中身と、高校生を政治から遠ざける可能性

2015年09月14日 06:42

主権者教育「副教材」とはどんなものか

選挙権年齢や国民投票年齢が18歳へと引き下げられたことを受け、総務省と文部科学省が高校生向けの副教材を作っている。
今年の芥川賞を受賞した又吉直樹氏の『火花』が200万部を超えるなどと話題になっているが、この副教材は、約13億円をかけ、公立私立を問わず、1年から3年までのすべての高校生を対象に約370万部が11月頃に配られる予定だ。
現状の案では、第一部の「解説編」が約20ページで、公示から開票までの流れ、投票の仕組みや選挙権について、選挙や政策決定過程といった政治の仕組み、年代別投票率や政策等も含めた選挙の意義、憲法改正国民投票の仕組みなどを盛り込む。
第二部の「実践編」は約50ページで、政治参加に関する学習をより参加実践型にするとして、学校の授業でそのまま使用できるよう、実施準備、実施手順・方法、ワークシートを盛り込み、話し合いやディベートの手法、模擬選挙や模擬議会の実施など、学習教材の実例から構成される。
さらに第三部の「資料編」として、公職選挙法など高校生の投票や選挙運動等についての留意点、教育基本法など、学校における政治的中立の確保が約25ページを加え、全三部構成、約100ページの教材となる予定だ。
この副教材、その目的を「学校現場における政治や選挙に関する学習の内容を充実させるため」としているわけだが、この副教材を含めた一連の取り組みが、実は、政治教育の充実ではなく、時計の針を逆に進めてしまう可能性があるのだ。

18歳選挙権の実現で、高校生の政治教育の自由が奪われる?

学校における主権者教育については、この「副教材」のほか、同時に「教師指導用テキスト」が作成されているほか、「高校生の政治活動を禁止する通達」の見直しが検討されている。
なかでも影響が大きいと思われるのは、高校生の政治活動の禁止を明記し1969年に出された「高等学校における政治的教養と政治的活動について」という文部省初等中等教育局長通達の見直しである。
学園紛争の最中に出された現行の通達では、学校内はもちろん、校外においても高校生の政治活動は禁止されている。時代錯誤な内容になっていることもあり、すでに形骸化していた。
ところが、今回、その内容が見直されることで、高校生の政治活動はもちろん、現場で主権者教育に取り組む教員の工夫を、これまで以上に大きく制限する可能性があるのだ。

教育現場での政治教育を制限しようとする自民提言

こうした懸念の背景には、7月に出された自民党文部科学部会による「選挙権年齢の引下げに伴う学校教育の混乱を防ぐための提言」がある。
18歳選挙権実現後、最も重要な論点の一つである教育現場における「政治的中立性」についての提言だ。教職員の政治活動を制限し、違反に罰則を科すための教育公務員特例法改正や、教職員組合の収支報告を義務化する地方公務員法改正についての記載があり、マスコミにも注目された。
高校での模擬選挙や模擬議会の実施、学習指導要領の抜本的改定により、小中学校段階から社会参加に関する教育を充実させること、公選法で必ずしも認められてない投票所への子どもの同伴を認める法改正や、若年層の投票率向上のため大学内への期日前投票所の設置など、たしかに前向きな部分もある。
だが、一方で、政治的中立性の中心的論点の一つである高校生の政治的活動については、学校内外において生徒の本分を踏まえ、基本的に抑制的であるべきとの指導を行えるよう現場に示すべきとしている。

「政治活動」と「政治教育」を分ける論点の整理が必要

政治的中立性に関しては、どうも様々なことが混在して議論されているように思う。
まず、その主体は「生徒」なのか「教職員」なのか、場所は「学校内」なのか「学校外」なのか、内容は「政治活動」なのか「政治教育」なのか、などで整理をする必要がある。
議論すべき中心は、「教職員」が「生徒」に対して、「学校内」とくに「授業中」における「政治教育」を行う際の規制が必要なのか、また規制が必要な場合、具体的にどのような規制が必要なのか、であろう。
もう一つは、「生徒」が主体として「政治活動」を行う際にも規制が必要なのか、また、「学校外」の活動まで規制する必要があるのか、といった部分ではないだろうか。

シティズンシップ教育に重要な3つの要素

これからのシティズンシップ教育において重要な要素を3つ挙げたい。「ポリティカル・リテラシー(政治的リテラシー)を養う」、「実際の政治に触れる」、「自分ごと化するための体験をする」だ。
私は2000年にNPO法人Rightsを立ち上げて以来、選挙権の年齢引き下げを求めると同時に、政治教育の充実を訴えてきた。その中で、政治教育の本質について、「ポリティカル・リテラシー(政治的リテラシー)」という造語を作り、この養成が必要だと求めてきた。
18歳選挙権の実現により、主権者教育にスポットライトが当たるようになった。こうした中で最も重要な要素がこの「ポリティカル・リテラシー」であり、教育現場においては、現実の政治課題などの時事問題を取り扱いながら、それに対して、どういった論点があるのか、賛成・反対など複数の主張がある場合には、そうした議論があることを伝えた上で、それを判断していくための能力をつけていくことが求められる。
「模擬選挙」や「模擬議会」などが例示されているが、大事なのはこうしたリテラシーをつけるプログラムにすることであり、少なくとも制度を説明することではない。
2つ目は、政治家など実際の政治と接点を持つことだ。
大学生にもなると議員インターンシップなど、政治の現場に接点を持つプログラムもある。政治や議員に対して悪い印象を抱いている学生も多いのだが、この議員インターンシップを体験すると、政治に対するイメージ「良い」「どちらかといえば良い」が50.8%から82.0%に、議員に対するイメージも74.6%から91.0%に上昇したというデータもある。
実際に議員に接する事で、政治や議員に対するイメージは大きく変わるのだ。この体験によって、「必ず選挙に行く」とした学生も65.2%から79.1%まで増えるという。
欧米では、政治家が頻繁に学校にやって来る。選挙になれば、各党の議員をパネリストに政策討論会などを行う。
日本においては、これまで、学校現場で実際の政治を取り扱ったり政治家を招いたりすることはほとんどなく、むしろすべきではないことと認識されてきた面があるように思う。
政治教育に制限をかける理由としてよく使われるのが、教育基本法第14条の2の「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」という規定だが、しかし、この条文もよく見てみると、禁止されているのは、特定の政党を支持または反対するための「政治教育」と「政治的活動」だけだ。
むしろその前段として、教育基本法14条には「良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない」と位置付けられていることを認識しなければならない。
政治的中立性については、これまでにも『「18歳選挙権」が衆議院本会議で可決。若者の政治参画に関する国会での議論はここまで進化した!』や、『安保法制をめぐる国会審議から考える、日本の民主主義と政治教育』などで書いてきたが、ドイツにおける政治的中立性に関する原則である「ボイテルスバッハ・コンセンサス」や「連邦政治教育センター」など、この分野における先進国の取り組みについても、是非、参考してもらいたい。

現場への影響を考えれば「教師指導用テキスト」も重要

冒頭でも記したように、現在、「副教材」と同時に「教師指導用テキスト」が作られている
この「教師指導用テキスト」には、「副教材を活用した指導のポイント」について記載されているほか、「教育基本法、公選法、地公法など指導上の政治的中立の確保に関する留意点」が示されるとのことで、すべてのホームルーム担当教諭や公民科担当教諭などに約20万部が配布される。
つまり、この「教師指導用テキスト」が、生徒用の「副教材」以上に教育現場へ大きな影響を及ぼすことになりそうなのだ。
とくに心配なのが、公職選挙法など法律上の留意点についての表記や、指導上の政治的中立に関するQ&Aなどだ。
こうした表記があることで、政治的中立性に対する制約は、「通達」だけでなく、学校現場ではむしろこのQ&Aの影響が大きくなることが考えられる。
NPO法人Rightsで2002年に始めた「模擬選挙」が、文部科学省の「副教材」にまでなったという点だけを見れば、感慨深いものもあるが、その実施にあたっては、各党マニフェストの提示の仕方など一つひとつにまで法的な留意点を細かく明記することで、法律に詳しくない教職員たちの行動を逆に萎縮させないようにしなければならない。
また、政治家を学校に呼ぶ事例などの提示もあるようだが、こうした事例を紹介することで、逆に、これまで行っていた国会見学の際に地元の国会議員が同席したり写真に写ったりしていたことが問題になる可能性もある。
こうした点も含め、良かれと思って行う提示が、少なくとも現状より時計の針を逆に進めてしまうことだけは避けてもらいたいと思う。

「副教材」「教師指導用テキスト」「通達」の発表は9月末に

「副教材」や「教師指導用テキスト」の内容、また高校生の政治活動等についての「通達」については、今月末に大臣発表となるようだ。今週は大臣レクがあるとの噂もあり、タイトなスケジュールの中ではあるが、こうした政治的中立性の判断が、今後のシティズンシップ教育の発展を大きく遅らせてしまう可能性がある。
この15年、選挙権年齢引き下げと共に、この制度改正によって日本の政治教育を欧米諸国に追いつくべく進めていこうと、目標にかかげてきた。そして18歳選挙権でようやくこの分野が発展するチャンスを得た。この国の民主主義の質を高めていくためにも、当事者の若者や教育現場のみなさんをはじめ、是非、多くの方々に関心を持ってもらいたいと思う。
今回紹介した副教材で検討されているプログラムについては、思い描いていたものに比べると物足りない印象を受けた。
今後も、これまでも『若者の政治教育には、若者自身が主体的に取り組む、より実戦的なプログラムが必要だ!』などで紹介したが、実際に生徒たちが主体者として取り組むプログラムや、自治体へのパブリックイン・ボルブメントとの連携など、今後も、これから進めていくべき新たなプログラムについて、継続して紹介していきたいと思う。

***

参考資料:主権者教育「副教材」イメージ

【第一部:解説編 約20P】
◇有権者になるということ
世事の働きを理解させ、未来を担う若年層の政治参加の拡大を求める18歳への引き下げの狙いを受け止め、有権者として必要な能力を大観させる。
◇選挙の実際
・公示から開票までの流れ
公示から開票までの流れを図示しつつ、具体的に解説。(国(衆・参両院)、地方の選挙制度の仕組みを含む)
・投票所における投票方法
投票所における投票方法の流れ図示しつつ、具体的に解説。
◇選挙の意義
・選挙と政策決定の過程(政治の仕組み)
議員の活動、条例の制定などについて、高校生の生活にも身近な例も含めて解説し、選挙が自己の生活に具体的な影響を与えていることを理解させる。(政党の果たす役割を含む)
・年代別投票率と政策
年代別投票率を図示し、特定の年代の得票率が低いことについて、どのような弊害が生じる可能性があるかについて具体的に理解させる。
◇憲法改正国民投票
・憲法改正国民投票の仕組み
憲法改正国民投票の仕組みを図示しつつ、具体的に解説。

【第二部:実践編 約55P】
◇学習活動を通じて考えたいこと
政治参画に必要な能力(公共的な事柄に自ら参画しようとする意欲や態度や多面的・多角的な考察力や公正な判断力等)は、正解が一つに定まらない問や対話や議論による協同的な学びを通じて現実的な課題を取り上げることによって育まれることを生徒に理解させる。
◇討論・話し合いの手法
政治的教養を育む教育において重要な「討論・話し合い」の学習手法を理解させる。
・政策に関する討論
「討論・話し合い」の手法について、具体的に説明。
・政策に関するディベート
個人の主義・主張を離れた形で扱うことのできる「ディベート」について、その具体的な方法を提示。
・地域課題の見つけ方
地域の課題について情報をまとめるべき事項(人口など基礎情報のまとめ方、広報誌や長期計画等からの情報収集など)についてワークシートを示し、学校の活動の基本的な資料収集方法を提示。
◇実践的な学習活動
政治的教養を育む上で有益な実践的な教育活動について学習活動を具体的に紹介する。
・模擬選挙(1)
架空の候補者を決め、投票を実施する模擬選挙の活動例(選挙管理委員会と連携し、大学生が候補者となり、自由な議論を行い、模擬投票を行う例をベースに作成)
・模擬選挙(2)
国政選挙に伴って実施する模擬選挙の活動例(実在の政党の選挙公約等を元に各党の政策を生徒が整理し、模擬投票を行う例をベースに作成。
・政策提言
地域の課題について調べ、政策提言としてまとめる活動例(保護者や地域住民へのインタビューを通じ、課題の優先順位を考え、政策提言にまとめる例をベースに作成)
・模擬議会
議会体験を実施する活動例(架空の法案について委員会では党議拘束をかけ、本会議では党議拘束をかけず議論を行う例をベースに作成)

【第三部:参考資料編 約25P】
◇高校生の投票や選挙運動等についての留意点
・投票や選挙運動等Q&A(公職選挙法の解釈)
投票や選挙運動等について、具体的な高校生活を念頭に置いて解説。(18歳以上と18歳未満が混在する課題等についても理解させる)
◇学校における政治的中立の確保(教育基本法等)
教育基本法等の関係部分を抜粋し、解説。
◇調べてみよう(関連Webのアドレス等)
生徒が自学する際に参考となる資料のWebアドレスを掲載。(国会会議録検索システム、総務省、選挙管理委員会等)

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