常識に還れ、再び

2015年09月18日 17:45

朝日新聞やテレビ朝日、TBSなどの報道番組を見ていると、まるで安倍政権が民主主義を破壊する悪魔的な行動をとっているような錯覚に襲われる。

論説委員やキャスター、コメンテーターの学識経験者が「審議を尽くさない強行採決」「少数意見を圧殺する専制政治」という言い方をする。その意見を増幅させるために、国会周辺の「安保法案反対デモ」をこれデモか、これデモかと長々と放送する。まるで日本中が反対しているか、のように。

これって、読者や視聴者を錯覚させるための振り込め詐欺ならぬ、「丸め込み詐欺」ではないか。

言論の自由と最大多数の欲求を実現させるために審議を尽くし、妥協点を探るのは重要なことだ。が、真っ向から主張が対立し、折り合うことができずに平行線をたどることはよくある。

永遠に審議を続ければ、国民の多数の付託を受けた与党政権は、望ましいと思う政策を実現できない。

それは多数の国民の要求に応えないことを意味する。安倍政権は昨年末の衆院選挙で安保法制の成立を訴え、その結果、選挙に勝利した。

だから、安保法制を成立させようと思うのは当然なのだ。むろん、審議の過程で野党の言い分に頷ける点があれば修正する。それが民主主義下の国会論議だが、政権側が納得できなければ、自分の法案を通す。それらの行為はすべて民主主義のルールに則ったものだ。

議長が論議は尽くされたと判断して審議を中止し、採決を宣言したら、その宣言に従うのがルールだろう。物理的に議長席を取り巻いて採決に入れないようにしたり、議長が議場に入れないようにピケを張ったりするなどは、およそ民主主義国の議員がとるべき道ではない。ルール違反である。

野党が「議論が尽くされないのに採決を強行した」「与党の政策、法案が望ましくない」と思うのなら、それを有権者に訴えて次の選挙で落選させればいい。それが民主主義の選挙、民主国家の基本中の基本である。

ところが、与党政権の強行採決が民主主義にもとるという識者がテレビの前で堂々と論陣を張る。どうかしているのではないか。

物理的阻止を敢行する議員はルール違反として、衛視が、議場からそれこそ物理的に退出させるべきものだろう。採決も簡単にできるように各議員の席に賛否を問うボタンを設置し、議長が賛否を問うたら、一斉にボタンを押し、一瞬のうちに採決が終了するようにすべきである。30秒以内にボタンを押さなければ、無効とするようにしても良い。

不信任決議案や問責決議案の提出はルールに即しているが、その際、長々と演説するフィリバスターなどは問題で、事前に30分以内とか規則で決めておくべきだろう。

以上、こんな常識的な内容のブログは「太陽は東から上る」という話を読むようなもので、わかっている人にとっては時間のムダだろう。

しかし、あえて、常識を書かざるをえない気分にさせる非常識が今、大手マスコミを覆っている。異常である。

評論家の福田恆存氏は60年反安保デモを「所詮烏合の集り」と厳しく批判して進歩的文化人(今でいうリベラル派)の偽善と非論理性を鋭く衝いた論考「常識に還れ」を書いたが、非常識はいつの時代も横行するものだ、と痛感する。

「いや60年安保の頃の方が反対派も、もう少し真剣味があった」と慨嘆する声も聞かれる。

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