不燃性の人、可燃性の人、自燃性の人

2015年09月29日 15:25

「THE21オンライン」の今年5月公開の記事に、「人間には、自分で燃える自燃性、周りから焚きつけられて燃える可燃性、周りが燃えても燃えない不燃性の3タイプがある」という稲盛和夫さんの言葉が載せられています。


あるジャーナリストは此の言葉を受け、JAL再建に乗り込んだ時そこの幹部達は「不燃性ばかりだった。そこで稲盛氏は自らの言葉で彼らの心を焚きつけ、困難に立ち向かう姿を行動で示し、不燃性を可燃性へ、さらに自燃性へと変えていった」と評しています。

此の不燃性の人につき稲盛さんは別の雑誌記事で、「火を近づけても、エネルギーを与えても燃えない者、つまり多少能力はあったとしても、ニヒルで感動することができない人は、ものごとを成し遂げられない」と言われています。

論語』の「述而第七の八」に、「憤せずんば啓せず。悱(ひ)せずんば発せず。一隅を挙げてこれに示し、三隅を以て反(かえ)らざれば、則ち復(ま)たせざるなり」という孔子の言があります。

つまり孔子は、「学びたいという気持ちがじゅくじゅくと熟して盛り上がってくるようでなければ指導はしない」、「今にも答えが出そうなのだけれど中々出ずに口籠っているようなギリギリの所にまで来なければ教えない」、「一隅を取り上げて示したら残りの三つの隅がピンとこなければ駄目だ」と言っているのです。

何らか教え導いて行く上で効果あるのは、やはり本人自らが「やってやろう」という気が起こって「もっと頑張ろう」と発奮し、そして事に向って主体的に行くケースです。『論語』を読んでいますと、孔子が門弟達の自発的に学ぼうとする意欲を非常に大事にし、そういう意欲を高めてやろうとしていた気持ちがよく伝わってきます。

また孔子は顔回の「怒りを遷(うつ)さず」(雍也第六の三)という態度、即ち八つ当たりをしないという部分を高く評価していたわけですが、『論語』を読んでいますと孔子自身も之また強く怒っている場面が殆ど見られません。但し、常に穏やかな人物であったと想像できる孔子にあっても、全く怒らなかったというわけではありません。

例えば宰予という弟子が昼寝をしているのを見て、「朽木は雕(ほ)るべからず、糞土の牆(しょう)は杇(ぬ)るべからず。予に於いて何ぞ誅(せ)めん・・・腐った木に彫刻はできない。汚れた土塀は塗りかえできない。おまえのような男は叱る価値すらない」(公冶長第五の十)と、殆ど罵倒と言っても良い程の激しい言葉で叱責しています。

解釈本に拠れば此のとき宰予は女性と一緒に寝床にいたという説もありますが、馬鹿に付ける薬はないという位の厳しい調子で孔子も非難しているのです。要は究極的には、自分が燃えなければ永久に燃えることはないのです。従って不燃性の人は、焚き付けようが何をしようが如何ともし難く以後ほぼ変わりようないわけですから、最早放って置くより仕方がないのかもしれません。

先述の記事で稲盛さんは此の不燃性の人に続けて、『本来は自ら燃えてくれる「自燃性」の人が望ましいのですが、せめて燃えている者が周囲にいるときは、一緒に燃え上がってくれる「可燃性」の人であってほしい』と述べておられます。

此の両者とりわけ放って置いても自ら燃える自燃性の人に関し、それをどんどん燃やせば良いかと言えば、そういうものでもありません。之やはり猪突猛進ばかりしていても駄目ですから、指導の仕方として「同じ動くなら、こう動いたら良い」と世の方向性を教えてやらねばなりません。

拙著『実践版 安岡正篤』第四章「上に立つ者が絶対に知っておくべきリーダーの心得」の「同志的結合がチームを強くする――リーダーの第一の仕事」の中でも、「リーダーの仕事はベクトルの向きを常に部下に指し示すこと」であると書きました。上司と部下がベクトルを共有し同じ方向に向かって動く一体感ある組織というのは、活気があって成長スピードも速いものです。

会社における一体感とは、会社としてのビジョン(コーポレート・ビジョン)を共有しながら、それが例えば各部なら部の戦略的な対応という形になり、それを成し遂げるメンバーが同志になって行くところから生まれます。そのため同志的結合の組織が最も強くなるのです。

コーポレート・ビジョン実現に向けベクトルを一つの方向に向けるは、上司の重要な仕事です。ニーチェは「偉大とは人々に方向を与えることだ」と言っていますが、トップは常に部下に対して方向を与えねばなりません。

此の方向を与えるということでは、そもそもその羅針盤が狂っていれば目的地に全く到達できなくなりますし、多くの選択肢から正しいと思われる方向を選んで行くと同時に、また極めて難しいことでありますが、その方向の正しさがいつ時点を基準にしているのかも考えねばなりません。あらゆる事柄を考え抜き、より良い状況を作り出して行く方向の選択を私利私欲を離れたところでして行くことが大切です。

「この会社はここの領域でこういう仕事をして、このように社会に貢献して進んで行くんだ」という明確なビジョン、更に会社としての使命(コーポレート・ミッション)をクリアに示して行くことが非常に大事なのです。

コーポレート・ミッションを全社員間に定着させ、それに基づいたコーポレート・ビジョンを明示することで、彼らのベクトルが同じ方向を向くようにする中で同志的結合が生まれてき、不燃性・可燃性・自燃性の3タイプを含めチーム一体となって皆、頑張ろうという形が出来上がって行くのです。

逆にベクトルがはっきりしていない場合、会社はばらばらの集合体になります。此の3タイプ夫々が夫々の愚痴を言うなどして憂さを晴らす――こうなりますと組織としての体を成さなくなることでしょう。『徒然草』の中にも「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」という言葉があります。社員が同じ方向を向くようにして行くは、指導者の大変重要な役割なのです。

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