学校に通わないと決断した親子の話

2015年10月21日 15:49

20151021matsumoto

少々乗り遅れてしまいましたが、アゴラで中沢さんが「学校は勉強するところではない」という寄稿をされたことがきっかけで、学校・教育に関しての話題を呼びました。遅ればせながら私も学校や教育について違った観点から書いてみたいと思います。

私の場合は私自身がエリートではないので、エリート以外の一般の人達に教育について考えてみたいと思います。

学校に通わせないと子どもはどうなる?

その昔、NPOのつながりでフリースクール・フォロという団体が主催するイベントに出席したことがあります。そのイベントはフリースクールやオルタナティブスクールに通う親や支援者の方々が教育について考えるイベントでした。その中でも興味深かったのが「学校に通わせない」という判断を下した親子の話でした。

私は公立の小・中・高と通い、私大を出たわけですが、学校に行かないという選択肢を考えたことはありませんでした。中学の頃は周りの期待に応えられずに不登校になったときがありましたが、その時でさえ「学校に行かないで生活をする」ということを考えたことはなかったので、学校に行かなかったという話を聞いて衝撃を受けました。

学校に行かなかった子どものお母さんが語っていましたが、学校に行かなかった子どもはどうなったか?というと、特に何の問題もなく周りに溶け込んでアルバイトをしているということでした。20歳くらいの方で周りは大学生ばかりなので、学校の昔話もするそうです。

そんな時、その子どもは「学校に行ってなかった」と正直に告白すると周りは驚くのですが、だからといっていじめられたり仲間はずれにされたりすることもなく、逆に「かっこいい」と思われたりもするとおっしゃっていました。

つまり学校に通っていないと集団生活ができず周りに溶け込まないとか、職につけないといったことはないのです。

既存の学校の存在意義は思い出作りだけ?

この親子の話からわかることは、学校に行かなくても勉強はできるし、集団生活に溶け込めるし、仕事も得ることができるという事実です。「こどもの教育が一条校である必要はない」という寄稿を井上さんがされていますが、こどもの教育には学校に行くことすらも必須ではない事がわかります。

今やインターネットの普及で無料で勉強することができるようになりました。教育サービスを行うNPOもありますし、有料サービスであれば塾もあります。集団生活を学びたいのであればボーイスカウトやフリースクールもたくさんあります。一般的な公立学校の存在意義は徐々に薄らいできているのではないでしょうか。

もちろん思い出を作るということは既存の学校できます。林間学校、修学旅行、部活、受験、恋愛や友達と遊んだこと等、様々な思い出は私にもあります。しかし逆に言えば既存の学校に通って唯一できることは思い出作りくらいしかない、とも言えるのではないでしょうか。

昨今、大学の文系学部の存在意義について「必要ないのではないか?」という声が上がっているそうですが、既存の学校もその存在意義が問われてもいいのではないでしょうか。家庭でインターネットを使い無償で勉強ができ、フリースクールやボーイスカウトなどの集団生活を学べる場所を気軽に使える今、既存の学校も必要性を問われる日が近いのかもしれません。

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松本 孝行
株式会社セカンドチャンス 代表取締役

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