日米原子力協定と日本の行うべき政策

遠藤 哲也
元原子力委員会委員長代理

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六ヶ所の日本原燃施設の一部(ウラン濃縮工程の遠望)

現行協定の成立経緯

日本は数多くの国と原子力協定を結んでいるが、そのうちで日米原子力協定は歴史も古く、かつ最も重要な協定である。日本の原子力開発は、黎明期から米国との協力を通じて進められ、日米協定はその枠組みを設けるものであった。米国との最初の協定は1955年に結ばれた研究協定、次いで協力の範囲を動力炉まで拡大した58年のいわゆる一般協定、商業用軽水炉導入のための包括的な1968年協定、そして現行の1988年協定である。

日米原子力協定は、その名のとおり原子力分野での協力を目的としているが、あわせて米国が供給する核燃料及び原子力資機材に対して、核不拡散の観点から米国が規制をかけるためのものであった。

日米原子力協定は「核不拡散協定」ともいわれるくらい、後者のウエイトが大きかった。特に核兵器に直結しかねない濃縮と再処理に対する規制は厳しく、これは濃淡の差はあるが、米国では共和党、民主党を問わず超党派的であった。

1974年のインドの地下核実験は大きな衝撃を与え、カーター大統領は政権時(1977-80)は核不拡散政策を一層強化し、日本に対しても臨界間近の東海再処理工場に「待った」をかけてきた。核燃料サイクルを原子力政策の中心に据え、やがては再処理工場の実用化を計画していた日本にとっては大問題であった。日本としては、個々のケース毎に米国の同意を必要とする1968年の協定を改定し、「包括事前合意」制度を導入する必要があった。

しかし、米国としてはNPTの非核兵器国に対し包括事前同意制度を認めたことはこれまで例がなく、行政部内の一部からも、また、議会からも反論が出て交渉は難航し、まとめるのに6年以上もかかった。難産の結果の現行1988年の原子力協定であるが、その後、日米原子力関係は順調に進み、その枠組みである協定はいわば空気の如く、その存在が感じられない状況である。

協定の今後-いくつかのシナリオ

日々が経つのは早いもので2018年7月には現行日米原子力協定の30年の有効期間が到来しようとしている。協定の今後の行方については理論上次のようなシナリオが考えられる。

1・現行協定第16条により自動延長される。ただし、日米いずれか一方が6ヶ月前に文書による通告でもって協定を終了させることができる。

2・現行協定を、そのまま相当期間延長させる条約手続きをとる。

3・現行協定を改定し、新協定を締結する。改定とは、例えば現行協定の包括事前同意制度を以前の個別同意制度に変えることだが、この新協定締結は条約手続的には上記2と同じである。

4・現行協定を第16条によって終了させ上記1、2及び3のないまま無協定状態になる。

上記シナリオのうち2番目の内容である「相当期間の延長」は日本の核燃料サイクルを安定した基盤に置くには最も好ましいと思われる。だが、このシナリオ実現のためには米行政府はもちろん、特に議会の積極的な態度が不可欠である(米国1954年原子力法123条)。1番目のシナリオは手続的には最も平易な方法であり、米国の関係筋の見方も目下これに傾いているとみられる。

現行の協定の下で日米の原子力関係は順調に進んでいるのだから、何も協定をいじる必要はないのではないかというのが大きな理由であろう。しかし、このシナリオの下では米国側の判断次第で、何時でも協定終了となる恐れがあり、いわば「ダモクレスの剣」のようなところがある。

3番目の新協定締結のシナリオは、もし米側が個別同意制度の再導入を主張するような場合には、大規模な商業用再処理施設の運用が事実上困難となり、使用済燃料の行先に困難を来たすことになって原子力発電所が稼働停止に追い込まれる恐れがある。

今後の問題点

日米原子力協定がどのような方向で決着をみるかは、最終的には、2017年に成立する米国の新政権に委ねられていると見られる。

他方、日本としてもそれまでに核燃料サイクル政策、プルトニウム政策を整理しなおさなければならない。米国の流れが、仮に自動延長論に向かっているとしても、その行手には大きな問題が横たわっている。プルトニウム問題である。

日本は現在、国の内外に47トン強の分離プルトニウムを持っている。これだけでも大変な量であるのに、これに加えて六ヶ所の再処理工場が稼働すると新たなプルトニウムが追加される。工場がフル稼働するようになると年約8トンのプルトニウムが抽出される。日本は、このような量のプルトニウムを一体どうやって消費するつもりなのか。

米国は、日本が核武装に向かうとは思っていないが、日本にこのようなプルトニウムの保有を認めることは、他国に対して非常に悪い先例になり、また、核セキュリティー(核テロ)上も大いに問題であると深刻な懸念を抱いている。協定の自動延長はそれとして、その際に何らかの是正措置あるいは代償措置を求めて来る可能性がある。すでに、米国のシンクタンクや原子力の専門家などからプルトニウムの問題がとりあげられ始めている。その論点を、これまで述べて来たことと重複するが以下に主要点を整理して置く。

・日本は利用目的のない余剰プルトニウムをもたないと内外に公言しているが、その約束は絵に描いた餅のようで実際は膨大な量のプルトニウムを抱え、消費の目途が立っていない。今後、六ヶ所再処理工場が稼働するとプルトニウム・バランスは益々悪化してゆくことが懸念される。また、MOX燃料加工工場が完成しないままにプルトニウムの抽出が始まると、分離プルトニウムが宙に浮く。

・日本が核武装に向かうとは思わないが(日本の国内の一部からはそのような声は聞くし、また核燃料サイクルは核抑止になるという著名な政治家の発言もある)、ほかの国への悪い先例になる。また、東アジアの国際政治に緊張激化を招くことになりかねない。大量のプルトニウムの蓄積は、核拡散、核セキュリティー上、ゆゆしき問題である。

・日本のプルトニウムの消費方法、プルトニウム・バランスの実現の具体的な道筋がはっきりしない。特に福島事故以降は一層不明確となっている。プルサーマル計画もはっきりせず(以前は一応の計画を持っていた)、また、中・長期的には本命である筈の高速炉の将来計画もはっきりしなくなっている。日本は核燃料サイクルの全体像をできる限り定量的な形で示して欲しい。

・もんじゅの将来、高速炉の将来がはっきりしなくなっている。万一、高速炉の将来が不確かになると、核燃料サイクル自身、ひいては、日本の原子力政策が危機にひんするおそれがある。

日本のとるべき政策

現行の日米原子力協定は別名サイクル協定とも言われるように、核燃料サイクルが中心課題であり、これに対して包括事前同意制度が認められていた。今後のシナリオについては、この制度を是非とも維持してゆかねばならないが、その大きなハードルになっているのはプルトニウム問題である。そのために日本のとるべき政策は何か。順序不同でいくつかを述べてみたい。

1・日本は、利用目的のないプルトニウムはもたないとの方針を、これまでも繰り返し述べてきているが、原則論的なものであった。この方針をより具体的なものとする。例えば、合理的なworking stockを認めた上で、プルトニウムの抽出と消費の間の期間を明らかにすることなどが考えられないか。

2・現在のプルトニウムの使用先はプルサーマル炉だが、原発自身の再稼働と関係しているので、確定的な計画を作ることは難しいことを承知しているが、高低範囲の計画ないし見通しを作る。そして、なるべく多くのプルサーマル炉を稼働するよう努める。大間発電所をすみやかに立ち上げる。

3・すでに述べたように、プルトニウム使用の本命は高速炉である。高速炉実用化に向けての方針を再確認する。

4・ドライ・キャスクによる中間貯蔵を増設し、核燃料サイクルに余裕をもたせる。

5・英仏に保管されているプルトニウムについては、両国から所有権の移転にも応じてもよいとの提案がなされている。日本はこれまでプルトニウムを貴重なassetとしてきたことから、これをliabilityに考え方を180度転換することは容易なことではないが、この点について真剣な検討を行う。

6・いずれにしても、日本は保有プルトニウム量を増やしてはならない。極力縮小に努めるべきである。そのためには、六ヶ所再処理工場でのプルトニウム抽出量の調節もその一つであろう。

いずれにせよ、これらの諸対策は、すぐれて日本自身の問題であり官民一致して、(むしろ官がより責任をもって)事にあたるべきである。官においては、かつては原子力委員会が司令塔であったが、現在の体制の下でどこであろうか。司令塔が中心となって核燃料サイクルの全体像を描き、それに従って対策を進めてゆくべきであろう。

遠藤哲也・元原子力委員会委員長代理。外務省勤務、在ウィーン国際機関政府代表部初代大使、国際原子力機関(IAEA)理事会議長、外務省科学審議官、日朝国交正常化交渉日本政府代表、朝鮮エネルギー開発機構(KEDO)担当大使、駐ニュージーランド大使などを歴任。