人を見るの方

世俗的成功を以て人を偉いとする傾向、あるいは世俗的な「失敗者」を駄目な人だとする傾向は、昔からあるものです。また昨年3月のブログでも御紹介した「一貴一賎(いっきいっせん)、交情乃(すなわ)ち見(あらわ)る」ということも、現実に多く見られます。


此の『史記』にある言葉は、前漢王朝の時代の翟公(てきこう:前二世紀頃)という人の話です。司法長官になったかと思うと左遷され、暫くするとまた司法長官にカムバックするという波乱に満ちた人生を経験しました。司法長官でいる時には、色々な人が屋敷にまで押し掛けますが、左遷されると誰も来なくなります。そしてまたカムバックすると、色々な人が屋敷にやって来るという状況で、翟公が地位の上下で皆さんの御付き合いの心が良く分かるものだと屋敷の門に書き付けた文句です。

「勢交…せいこう:勢力者に交を求める」、「賄交…わいこう:財力有るものに交を求める」、「談交…だんこう:能弁家に交を求める」、「窮交…きゅうこう:困窮のため苦し紛れに交を求める」、「量交…りょうこう:利害を図って得なほうに交を求める」――之は、梁の劉孝標が書した『広絶交論』にある「五交(ごこう)」ということです。そうした交わりの仕方をする人は、上記「一貴一賎」の中でよく分かるものです。

トップというのは人を見るの明、そして人を用うるの徳といったものが求められます。人物の鑑別については、中国明代の著名な思想家・呂新吾の『呻吟語』を読んで頂きたいと思います。

そこで呂新吾が何を述べているかと言いますと、先ずは「大事難事に擔當(たんとう)を看る」ということです。即ち、事が起こればその担当官の問題への対応能力を見るということ、そしてそれに併せて、仮にそのような事において自分自身はどのように処するかを常に主体的に考えるということです。

その次に「逆境順境に襟度を看る」ということ、つまりは襟度の「襟」とは「心」を指していて「度量の深さを見る」といったことです。世の中というものは良い時が来れば悪い時も必ず来るわけで、万物全て平衡の理に従って動いており、そのような時に襟度を見ると言っています。

また更には「臨喜臨怒に涵養を看る」と書いてあって、「臨喜」とは喜びに臨んだ時に恬淡としているか、「臨怒」とは怒りに臨んだ時に悠揚としているか、といったところに涵養を見ると述べています。

そして最後に「郡行郡止に識見を看る」ということ、即ち大勢の人(群行群止)の中で人を見るというように書かれています。その人が大勢の中で大衆的愚昧を同じようにしているか、それとも識見ある言動をとっているかを見る中で人を見抜いて行くというわけです。

「六験八観」(文末A.及びB.参照)とは、「人間観察、人間鑑定の武器」として『呂氏春秋』という本に書かれています。「喜ばせて、楽しませて、怒らせて、恐れさせて、悲しませて、苦しませて」何を見るのかと言ってみれば、その全てはその人物が恒常心をどれだけ保ち得るかということです。更には「出世したら、豊かになったら、善いことを聞いたら、習熟したら、一人前になったら、貧乏になったら、落ちぶれたら、昇進したら」如何に人間が変わるのかも、やはり環境変化における恒の心、「恒心…常に定まったぶれない正しい心」を見ているのではないかと思います。

私もこれまでずっと人を見続けてきていますが、つくづく感じるのは人を見るに非常に難しいということです。上記のように人を見るの方は様々ですが、恒の心がどうかという一点こそが急所だと思います。そして此の恒心を維持できる人が、君子であると言えましょう。

A.【六験】:
①之を喜ばしめて、もってその守を験(ため)す→喜ばせて、節操の有無をはかる
②之を楽しましめて、もってその僻を験す→楽しませて、偏った性癖をはかる
③之を怒らしめて、もってその節を験す→怒らせて、節度の有無をはかる
④之を懼(おそ)れしめて、もってその特(独)を験す→恐れさせて、自主性の有無をはかる
⑤之を哀しましめて、もってその人を験す→悲しませて、人格をはかる
⑥之を苦しましめて、もってその志を験す→苦しませて、志を放棄するかどうかをはかる
B.【八観】:
①貴(たか)ければ、その進むる所を観る→出世したら、どんな人間と交わるかを観る
②富めば、その養う所を観る→豊かになったら、どんな人間を養うかを観る
③聴けば、その行なう所を観る→善いことを聞いたら、それを実行するかを観る
④習えば、その言う所を観る→習熟したら、発言を観る
⑤止(いた)れば、その好む所を観る→一人前になったら、何を好むかを観る
⑥窮すれば、その受けざる所を観る→貧乏になったら、何を受け取らないかを観る
⑦賤(せん)なれば、その為さざる所を観る→落ちぶれたら、何をしないかを観る
⑧通ずれば、その礼する所を観る→昇進したら、お礼を仕事で返すかどうかを観る

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