僕なんかよりイケダハヤトという男の方が価値がある --- 水谷 翔太

2015年11月14日 07:00

今月7日に投稿した拙ブログ「地方創生をやめて地方消滅で行こう!」は光栄なことに多くの方に読んで頂きました。〔今日(11月12日)時点で約2万2000PV、デイリーランキング2位〕日々、仕事しながら思ったことを整理するつもりで書き始めたブログですが、不慣れな点も多くご迷惑をおかけしているかもしれません。今後ともご笑覧頂けたら幸甚です。

さて、今回はこの拙ブログを有名なプロブロガーのイケダハヤトさんがDISってくださったので、敬意を込めて以下にアンサーさせて頂きたく存じます。はじめに言っときますが、普通にファンです。〔笑〕

※「地方創生」VS「地方消滅」の建設的な議論、引き続き期待します(アゴラ編集部)
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「在りし日のヒッピー」としての田舎暮らし


何気なく「月刊ソトコト」12月号を開いてみたら、イケダハヤトさんの特集が載っていた。写真を見るだけでも普通に楽しそう!人生を謳歌されている様子がひしひしと伝わってくる。「田舎はクリエイティブ」。楽しいことを追及しながら存分食っていけるとイケダさんは語る。その言説を証明するかのように彼は田舎暮らしの様子をウェブで届け、年間2000万円以上稼ぎ出している。だけどみんながイケダさんにはなれない。「仕事が決まってから田舎に移住するのではなく、むしろ田舎に来てから仕事を探せば良い」と割り切れるほど、みんなの意識は高くない。

(「何とかさん」がちょっとやそっと田舎暮らしの魅力を伝えてもみんなの意識が変わることがないよという話は拙ブログ「ぶっ飛び!地方消滅回避策」でも少し触れた)

果たしてイケダさんたちがやっている、ワークショップとかブログでの情報発信という「意識高い」系の行動がどこまで地元で広がり、受け入られるのか??筆者は田舎暮らしが長いが、田舎で見た若者の多くは週末は家族全員同じスウェットを着て全国各地に展開するイオン系を練り歩いたり、EXILE、三代目といった東京発のJPOPにドハマリするツーブロッカー達だった。そして、筆者も三代目とか大好きである。こうした層は「反知性主義」、「マイルドヤンキー」、つーか「DQN」と揶揄されることも多いが、そう言われるならば逆に「意識高い」雅やかなコミュニティで充実した生を送る方々は一過的でごく部分的な「在りし日のヒッピー」にしか見えない。

万が一、みんなが「意識高い」系になって田舎に大移動を始めたとしたら、イケダさんのようなライフスタイルの希少性は無くなる。イケダさんは唯一無二のセンスがあるから希少性が無くなってなおも売れる文章を書き続けることができる。しかし、追随した大多数の移住者は悲惨だろう。(イケダさんの一番弟子の方も今現在、月7000円程度のキャッシュインの様子

果たしてその地に10年、20年と根付けるだろうか?

イケダさんの話は男の生き様論としては「すげーな」と普通に思う。筆者より遥かに価値がある。社会としてのあり方論に当てはめようとすると、正直「いや、それは無理でしょ」となってしまう。

マーケット無視の国家的「無理」は早晩行き詰まる


また、イケダさんのおっしゃる将来的に「東京に定住する非合理性を誰もが理解するようになる」という話は面白かったが、その兆しがきていることを証明する明確な根拠が示されているわけではないので、未来「予測」というより「信奉」として受け止めた。仮に地方へのヒト・モノ・カネの分散という「信奉」を「予測」として、かつ「予定」へと変えていくためには何らかの大掛かりな作為が必要になってくることは近代史を振り返ってみても明らかだ。

戦後、時の総理大臣であった吉田茂は安全保障を米国に肩代わりしてもらうことで経済成長を図る吉田ドクトリンを推し進めた。高度経済成長期を通じて工業・商業面で規模の大きい東京や名古屋市、大阪市、福岡市など多くの政令市を含む太平洋ベルトを日本の稼ぎ頭として明確に位置づけた。太平洋ベルトに集積していたのは労働集約型の産業であったため、農村部からは「金の卵」と称される若者たちが夜行列車に乗って集団就職し続ける傾向が続いた。1972年に田中角栄が首相に就任するまでの、米国やイギリスを大きく引き離し、日本の経済成長率は10%程度に達していた。

こうして「成長」という主たる課題がクリアされた状況下、角栄が気づいたのは「分配」の必要性という新たな課題だった。発展する太平洋側に対し、「裏日本」と揶揄される日本海側の経済格差を解消するために、角栄は道路、新幹線を通して環境を整備し、工場再配置促進法によって田舎に工場をつくる事業者に補助金等のインセンティブを与えた。さらに高齢者の医療費を無料化し、年金給付額を上げるなどして、「福祉元年」の掛け声とともに社会保障の観点からの格差是正に取り組んだ。一連の施策が奏功して、角栄が首相に就任してから90年に至るまで、都市―地方間の所得格差は縮小し、70年代まで40万人以上あった三大都市圏への転入者も多い年でも20万人を下るまでになった。

筆者は「分配」という理想を掲げ、達成した人物として田中角栄を尊敬する。しかし、その理想の内容はやはり無理があったと言わざるを得ない。持続的に分配していく為には、分配資源自体の確保が絶対条件となってくる。しかし、過大なインセンティブまでつけて無理をしたことや石油ショックの影響もあいまって、経済成長率は70-90年代の間は半減〔約4%〕。大きくてこ入れした社会保障費も膨張し、75年に赤字国債の初発行という前例を作って以来、分配資源としての行財政は苦境が構造化してしまった。経済成長によって苦境を乗り越えようにも、時すでに遅し。1985年「プラザ合意」以後円高が基調となり、工場自体が海外移転するようになった。

為替の変動や労働価格の上昇などといった様々な状況変化を予見し切るのは難しいので、その責を角栄にすべて求めることができない。角栄の責任追及ではなく、この歴史から我々がなすべきは、基本的にマーケットの要請と真逆の方向に行財政を思い切りぶっこむ「うぇーい」はどこかで行き詰まるという教訓を得ることだろう。

都市部含む国家全体に支えられてやっとな田舎の経済


内閣府の「県民経済計算」によると高知県の名目GDPは平成21年度で47都道府県中46位。内訳を見ると産品等の移出入や民間投資が落ち込み、それをGDP全体の半分近くを占める政府支出で何とか維持していることがわかる。そして、支出の半分あまりが地方交付税等国の財源から。つまり高知県の経済は高知県民以外の多くの国民の納税によって助けられているという現実がある。近年は国も交付税財源が先細るようになり、法人住民税の一部国税化(総額6000億円)によって、不交付団体である東京都は追全国で最も多い935億円を追加的に納めることとなった。筆者の周りの関係者の間では、厳しい財政事情から国税化される総額は今後1兆円まで引き上げていきたい話も出ており、「東京一極集中」と揶揄してみても、東京含む都市部が田舎を支える構図というのはより色濃くなっていくことが予想される。それでもまだ、よその税金使い倒して変なゆるキャラつくったり、あたりもしない定住促進に莫大な予算つけたりして無為無策に「うぇーい」とやりますか?その「うぇーい」は都市住民も巻き込んで必ずや大きな反動として返ってくる。

限られた住民が老後も安心して暮らせるよう、不要な事業を大胆に廃止して財源をつくり医療・福祉に充て、人口を自然減させていき、ゆくゆくは近隣都市部に集約するコンパクトシティに軟着陸させていくことこそ、今なすべきことなのではないか?

追伸


あと、あの本をamazonアフィリ目的であえて紹介したってのもあるかもしれないが(笑)、シンギュラリティ(Singularity 技術的特異点)自体は非常に重要なテーマ。実現化すればこれは地方での働き方を変えるどころか人間自体の働き方を変える話。なのであわせてBI(ベーシックインカム)の必要性も訴えられているわけで。本当に許容すべきか否かも含めて、議論が未消化なんで、ただちに「これも地方創生につながる!」とはならないかなと。

水谷翔太
大阪市 天王寺区長
ブログ・http://www.mizutani-shota.jp

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