なぜ「日本の天才」に言及しないのか --- 長谷川 良

韓国最大手「朝鮮日報」の日本語電子版(11月13日)を読んでいると、面白いコラムを見つけた。曰く「韓国の天才は医学部へ、中国の天才は工学部へ」という見出しが付いた記事だ。

記事の内容を簡単に紹介する。中国の優秀な学生は競って工学部に進学し、新しい科学技術を開発する道を歩み出す一方、韓国の天才と呼ばれる人たちは医学部に進学する。そこで新しいものを発見すればいいのだが、「優秀な人材はみな医学部に行き、病院に入るが、全く創造的でない仕事に没頭している」といつもの嘆き節を披露している。

なぜ中国の天才は工学部に、韓国の天才は医学部に進学するのか、韓国記者はその詳細な背景については説得ある論理では説明していない。当方が興味を感じたのは、記者が自国の天才の行方を憂う時、中国の天才と比較しているという点だ。

コラム記者によれば、中国では毎年、北京大学や清華大学など9つの名門大学の工学部に約2万7000人の学生が進学する。一方、韓国では人口5000万人のうち上位約3000人の学生はほとんどが医学部に進む。ソウル大学工学部に入るのは約1000人に過ぎないというのだ。

コラムを読んで不思議に感じたことは、なぜ「日本の天才」と比較しないのか、という点だ。韓国メディアは不必要なことでも常に日本を引き出し、それと比較し、時には喜び、時には失望して涙を流してきた。しかし、天才の比較記事ではなぜか「日本の天才」には何も言及せず、隣国の大国・中国の天才と比較しているのだ。

冷静に考えれば、当然かもしれない。日本の天才たちと比較し出したら、韓国の天才たちも中国の天才たちも少々苦しくなる。簡単な例を挙げれば、自然科学賞部門のノーベル賞受賞者数で日本(21人)は韓国(0)、中国(1人)を圧倒しているからだ。比較にならないのだ。

日本の天才たちは化学、物理学分野に進出し、ノーベル賞の常連となっている。それだけではない。生理・医学分野でもノーベル賞を受賞している。すなわち、日本の天才たちは医学部にも工学部にも進出しているから、韓国記者のような記事は書けない。だから、同じレベルかそれより劣っていると密かに考えてきた中国の天才たちを比較対象とした、というのが事情ではないか。

記事で気か付いた点はまだある。朝鮮日報記者は、「中国の天才は工学部に行き、そこで様々な研究分野に進出している」と比較的に好意的に描写しているが、世界は中国発の最先端技術にまだお目にかかっていない。われわれが日頃見る中国発の工業品は知的所有権にひっかかるような商品、工業品が多い。ちなみに、韓国の天才たちが医学部に進出するのは、多分、経済的な理由が大きいのではないだろうか。

いずれにしても、韓国メディアが日本とは比較せず、中国と比較し出したことは新しいトレンドだ。韓国政府の中国への傾斜がメディアの世界にも浸透してきたのだろう。同時に、記者が、「市場経済で再武装した中国が、いつの間にか技術大国として台頭し、韓国を追い越しつつある」という学者のコメントを紹介しているように、中国の躍進で韓国が技術分野でも北京の後塵を拝してきたという焦りがあるのかもしれない。

日本との比較は今後、韓国メディアで次第に姿を消し、中国と比較する記事が増えていくかもしれない。そうなれば、日本側は隣国の不必要な比較や批判、恨み節を聞かなくて済むわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年11月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。