ランドセルの着用は、「空気を読む」練習である

2015年11月23日 18:00

元中学教師の天野さんがランドセルの着用について疑義を呈されている。その疑問に答えられるかどうかわからないが、現場の空気をお伝えできればと思う。

私の勤めている小学校も、とにかくランドセルを強要する。いくら高給なランドセルを使ってても、6年間も使っていたら、肩ベルトが切れるということはよくある。

「壊れたからリュックにしていいですか?」という質問を子どもや保護者から受ける。私はぜんぜんかまわなないと思う(リュックならころんだとき両手が使えないと危ないという理由も回避できる)のだが、管理職や教務、他の教員に訊くと「否」である。買うか、修理させるか、それが無理ならば学校から貸し出す。

私から見ると、いまどき大きい子では170cmくらいにはなるのも珍しくない小学生がランドセルを背負ってるのもちょっと不自然な気がするが、学校はどうしてもランドセルを使わせたいらしい。これはランドセルの機能性というよりも、ランドセルを”強要する=規律を守らせる”という学校側の事情が大きく作用しているようだ。
そこに合理的な理由は、ない。みんながやっていることが”善”なのだ。

学校が、ランドセルメーカーや量販店と癒着していることはないが、未必の共犯関係になっていると思ってしまうのは、私だけだろうか。学校は勉強するところではないのだ。

中沢 良平(小学校教師)
中沢良平ブログ

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