空爆でも陸戦でも全面戦争でもテロは死なない

2015年12月04日 17:49

英軍空爆は無いより増し

2015年12月2日、 英下院は過激派組織「イスラム国」(IS)への空爆をシリア国内にも拡大することを承認した。これを受けて、キプロスのアクロティリ英空軍基地から4機の戦闘機が飛び立ち、ISが支配するシリア東部の油田を攻撃した。

米英仏ひいては欧米全体とロシアが協調して「イスラム国」(IS)を攻撃できるのか、あるいはロシア軍機撃墜を巡ってロシアとトルコが対立する事態が影響して足並みが乱れるのか、などの懸念はあるものの、パリ同時多発テロ後の世界の大半は英国の空爆参加によって「イスラム国」(IS)の殲滅に向けて合意に達した、と言っても過言ではないだろう。

作戦は中途半端であってはならない

空爆でも陸戦でもテロは死なない。つまりテロの思想は消えない。それでも、いやだからこそ「イスラム国」(IS)は徹底的に破壊されるべきである。なぜなら「イスラム国」(IS)殲滅後も消えることのないテロの思想は、結局近代社会には受け入れられないものである、と人々に明確にメッセージを送ることが、テロ思想の漸減に資するからだ。完全消滅が難しいならせめてそれを削減しようと努力するのが理であり叡智だ。

有志連合は、一度始めた「イスラム国」(IS)掃討作戦を完結させるべきである。なぜなら彼らテロリストは寛容の精神や民主主義という近代文明の重大な要素を敵視しあざ笑いこれを破壊しようと目論んでいるからだ。有志連合が結束して「イスラム国」(IS)に挑めば、悪魔のような過激派組織は早晩この世から消滅するだろう。

暴力の暴走を止める仕組みを守る

人類の進歩は暴力の管理統制によって完成しつつある。言葉を替えれば人類は、現在考えられる限り最善の「暴力の暴走」を回避する手段として暴力を監視統制する形を考え出した。それは万人の万人による闘争、いわゆる自然状態における問題解決手段としての暴力の野放し状態から、国家が暴力を独占して社会集団や個人間の対立を暴力(国家権力)によって裁定する仕組みへ移行することだった。

それは王やその周辺の貴族集団や宗教権威による暴力の独占に始まり、官僚組織が権力を執行実践する仕組みである。やがてその仕組みは革命によって人民の手に渡り、現在は不完全ながら、国家権力の源泉である暴力を民主主義によって管理行使して主権者である国民の人権を守る、という形に曲がりなりにも到達した。

言うまでも無くそこに至るまでには、革命や戦争や革命によって生まれた共産主義の激しい暴力など、血塗られた苦しい歴史がある。繰り返すがその仕組みは決して完全ではない。チャーチルが指摘したように人類はまだ民主主義に勝る政治体制を獲得していないのだ。民主主義はベストではない。ベターなだけだ。

しかし、ベストが存在しない限り、ベターがベストである。「イスラム国」(IS)はそうした人類が長い時間と犠牲をかけてたどり着いたベストの仕組みに真っ向から挑みこれを破壊しようとしている、だから彼らは殲滅されるべきなのである。

テロリスト殲滅には地上戦が必須

彼らを殲滅するのは空爆ではまったく足りない。足りないどころか、空爆は、標的確認あるいは探索のためのIT技術などが飛躍的に進歩したとはいうものの、明確な証拠がないまま無闇に爆撃をし銃弾を撃ち込む側面がある。そうした方法は無辜な民間人や非戦闘員を殺害する可能性が高いのみならず、敵標的を確実に排除することもできない。

空爆は自陣の損失を恐れる消極的な戦闘だから敵を殲滅することはできない、というのは広く知られた事実だ。イラクやシリアにおける有志連合の空爆もその例にもれない。従って「イスラム国」(IS)を地上から消し去る意志が有志連合に本当にあるなら、自らも傷つくことを承知で地上戦に持ち込むべきである。空爆は打ち上げ花火だ。見た目は華々しく派手だが、花火は爆弾ではない。

「イスラム国」(IS)殲滅戦は理想的には中東各国、もっと正確に言えば全てのイスラム国家が結束して当たる方が良い。イスラム世界が協同一致して過激派組織ISを撃滅するならば、それはいわば身内のならず者を一族がこぞって排除するということと同じだから、後味の悪さが少ない可能性が高い。

その場合は欧米中心の有志連合は、彼らの要請に従って援助したりアドバイスをしたりする役割に徹することができる。そうすれば特に英仏の横暴によって辛酸をなめてきたアラブ世界が、同じ負の歴史の二の舞を演じることがなくなり、従って将来に禍根を残す可能性も少なくなる、と考える。

欧米の力はベストではないがベター

だが、現実はどうか。アラブ各国は分裂いがみ合いを続けていて、結束してIS殲滅への行動を起こすなど夢物語だ。したがって今は欧米有志連合が連帯して世界の脅威である「イスラム国」(IS)を排除する形が現実的だ。有志連合のアクションに異を唱える人々は、何も行動を起こさずに「イスラム国」(IS)が無垢な民衆を殺害し、民主主義という「今現在の」世界体制の中では最良の仕組みを破壊するに任せるべきかどうか、を考えるべきである。

空爆によって欧州への難民が増える、と主張する人々もいる。果たしてそうだろうか。「イスラム国」(IS)が彼らの思いのままにシリアで、イラクで、そして中東全体で横暴を繰り返すことが、より多くの難民を作り出す結果にはならないのだろうか。いずれにしても「イスラム国」(IS)は難民を作り出しても彼らを救済しないが、欧米はこれまた不完全な形ではあるものの、難民を受け入れようと心を砕いている。批判者はこの事実も考慮して発言しているのだろうか。

そうは言うものの、「イスラム国」(IS)を破壊することではテロの思想は決してなくならない。有志連合は寛容の精神を否定する「イスラム国」(IS)を殲滅する「不寛容」の精神によって、新たなテロの温床を作り出すという矛盾を犯す可能性がある。テロリストを破壊する行為はISを地上から抹殺するのみで、テロやテロの思想を一掃することはできない。むしろそれはさらなる憎しみを呼んで新たなテロの温床になりかねない。

「イスラム国」(IS)殲滅は次のテロとの戦いの始まり

なぜなら「イスラム国」(IS)の戦士らにも家族があり共鳴者や賛同者がいる。残された彼らは憎しみを抱え込んでそれが新たな「イスラム国」(IS)を生みテロを誘発する。従って有志連合とそれに賛同する人々は、「イスラム国」(IS)破壊後に残される家族とシンパの憎しみと怒りと悲しみを真っ向から受け入れ、これを癒し救う道筋を真剣に考えるべきである。

その行為も残された者たちの憎しみを癒すには十分ではない可能性がある。だがそこで諦めてはならない。残念ながら組織を破壊することによってのみ進展が図られるのが「イスラム国」(IS)の問題だ。世界は恐れることなくテロリストを殲滅し、それによって世界の叡智を守り、残されたテロリストの家族たちを守る手だてを真剣に考えるべきである。

憎しみには憎しみを、という復讐の連鎖を断ち切って「ひたすら赦(ゆる)せ」と説いたのはイエス・キリストである。そして「イスラム国」(IS)を殲滅しても生き延びるテロの思想を真に根絶できるのは実は、キリストが唱道したその絶対の「赦し」だけである。 空爆も陸戦も全面戦争も決してテロの思想を根絶することはできない。だが今日現在の人類は、「イスラム国」(IS)の差し迫った脅威を排除するのに「絶対の赦し」を行使するほどの知恵を持たない。いや、知恵はきっとあるのだ。人類はそれを実現する方策をまだ知らない。従って今できる最善の方法で事態に対するべきだ。

仲宗根雅則
テレビ屋
イタリア在住

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