「社員をうつ病に罹患させる方法」というブログの背景 --- 榊 裕葵

2016年01月03日 06:00

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「社員をうつ病に罹患(りかん)させる方法」というブログを書いた社会保険労務士に、所属する愛知県社会保険労務士会が3年間の会員権停止処分と退会の勧告を決めたことが報道された。

■過激なブログの背景にある問題
この社会保険労務士の、愛知県社会保険労務士会の聞き取りに対する回答として、NHKでは次にように報道していた。

「世間をお騒がせしたのは申し訳ないと思っています。一部、筆が滑って過剰な表現はありましたがブログに書いた趣旨は間違っていないと思います」などと話しているということです。(NHK NEWS Web 12月30日 13時23分)

多くの方は、「ブログに書いた趣旨は間違っていないと思います」という表現に対し、「この期に及んでまだ反省していないのか」と、憤りを感じ取るであろう。

私も筆が滑ったとはいえ「過剰な表現」に対しては到底受け入れることはできない。

だが、批判で終わってしまっては建設的な議論は生まれないので、なぜこのような過激なブログが書かれてしまったのかという背景を冷静に掘り下げてみたい。

そもそも、モンスター社員を解雇してしまえば、何もうつ病に罹患させるとか、回りくどいことをしなくても済むはずだ。

しかし、我が国において、解雇規制は非常に厳しい。

私は、我が国の「解雇」に対する考え方が、今回の問題を引き起こした遠因にあるのではないかと考えている。

■解雇に関する法体系と判例

我が国の労働法体系においては、労働基準法において、「30日前に予告すれば解雇ができる」という手続面の定めがなされている。

しかし、解雇予告をすれば無条件に解雇ができるわけではなく、労働契約法という労使間の労働契約を規制する法律において、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と定められている。

労働契約法のこの条文を、裁判所の判例に沿って解釈すると、「客観的に合理的な理由」「社会通念上相当」という文言は、非常に厳格に解釈されている。

過去の判例を見ると、「再教育の余地がある」とか「本人はあくまで意見を述べているだけで、協調性が不足しているわけではない」などの理由で解雇無効とされている事例が複数存在する。

被解雇者の情状として、「再就職の容易でない中高齢者であること」までが解雇無効の判決根拠の1つとされている判例まで存在した。(業務への影響や本人の態度などがもちろんメインの判決理由ではあるが)

また、裁判には非常に長い時間と、弁護士費用も必要であり、会社の負担は大きい。

それゆえ、会社は解雇相当だと信じて解雇に踏み切った場合でも、万一、被解雇者と裁判になった場合、判決がでるまで多大な負担を強いられることになるので、経営者は、解雇は避けて、何とかして自己都合で退職してもらおうと、あの手この手で誘導せざるを得ないわけだ。

いわゆる「リストラ部屋」も根本的には同じ構造である。

すなわち、元を正せば、解雇の厳しさが問題の根底にあり、経営者が本当に必要と考える場合であっても、安心して解雇ができないから、逆に半ばいじめのような退職勧奨になってしまいがちだということである。

それゆえ、安倍政権が唱えるよう、解雇規制をゆるやかにしたほうが、経営者も労働者も幸せになれるのではないかと私は考えている。解雇の金銭的解決にも私は賛成の立場である。

ただし、解雇規制の緩和と合わせ、解雇される労働者に対するセーフティーネットが拡充されることが必須の前提であることは言うまでもない。

■助成金制度と解雇の関係
助成金制度の存在も解雇に対して影響を及ぼしていると考えられる。

会社都合で解雇をすると一定期間、雇用関係の助成金を受給できなくなってしまう。

非正規社員を正社員に登用すれば1人につき50万円が支給されるキャリアアップ助成金をはじめ、中小企業にとっては特に、助成金は資金繰りの大きな助けになっている。

就業規則に対する重大な違反があったので懲戒解雇をしたというような場合は除外されるが、能力や協調性の不足、勤務態度不良等による普通解雇の場合は、助成金の不支給事由になってしまう。

そこで、経営者は、懲戒解雇には至らないまでも、協調性不足等で、解雇をしたいと考えている従業員に対しては、できる限り自己都合で辞めてもらいたいと考えざるを得ないわけだ。

解雇は、健全な企業経営のための必要なオプションであるはずなのに、助成金制度が手足を縛り、解雇に踏み切れなくなってしまう。

私は、正当な理由のある普通解雇は、助成金の不支給事由からは除外すべきだと考える。

もちろん、それでは助成金だけもらって次から次に解雇をするようなブラック企業が出てくるのでは、という懸念があろう。だが、そのような企業に対しては、行政が個別に実地調査などで対応すべきであって、一律に解雇をした場合は助成金を不支給、というのは安易すぎるのではないだろうか。

■社員を守るための解雇も存在する
逆説的になるが、社員を守るという観点からも、解雇規制は緩和されるべきである。

「モンスター社員」という表現が妥当とは思わないが、実務を行っていると、「会社全体の士気や規律に悪影響を及ぼす社員がいるので何とかしたい」という相談を受けることはある。

そういう社員ほど、インターネットなどで情報収集し、労働法の知識を逆手に取る場合がある。

解雇規制は厳しいから、このラインまでなら大丈夫、ということで、我が物顔で振る舞い、会社だけでなく、他の社員に悪影響が及ぶわけだ。

経営者が解雇に踏み切れないでいる間に、優秀な社員が退職したり、問題社員に振り回されてうつ病になる社員が出たりする恐れもある。

解雇は、「経営者VS社員」という単純な図式だけでは説明できず、社員全体を守るために行わなければならない場合も存在するのだ。

やはり、解雇規制を緩和して、必要な場面では、会社が解雇をしやすいようにしなければならないであろう。

■結び
したがって、解雇指導といっても、全てがブラックなわけではなく、解雇や退職勧奨のアドバイスというのは、社会保険労務士の主要な業務の1つであると私は認識している。

だが、いかなる理由であれ、その手法が、解雇される社員の人権への配慮を欠くものであってはならないことは、絶対に守らなければならない一線である。

私自身も、そのことを強く認識して日々の業務に当たっている。

《参考記事》
■東名阪高速バス事故、11日連続勤務は合法という驚き 榊 裕葵
http://sharescafe.net/45556859-20150715.html
■職人の世界に労働基準法は適用されるか?
http://sharescafe.net/41988647-20141120.html
■経験者だから語れる。パワハラで自殺しないために知っておきたい2つのこと。 榊 裕葵
http://sharescafe.net/42167544-20141201.html
■すき家のワンオペを批判するなら、牛丼にも深夜料金を払うべきだ。 榊 裕葵
http://sharescafe.net/41373749-20141016.html
■「資生堂ショック」が全然ショックではない理由 榊 裕葵
http://sharescafe.net/46880978-20151112.html

あおいヒューマンリソースコンサルティング代表
特定社会保険労務士・CFP 榊 裕葵


この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2015年12月31日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。

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