奴隷はなぜ逃げないのか-SMAP独立騒動から

2016年01月19日 10:59

男性芸能人グループSMAPの独立が騒動になった。彼らは独立をあきらめ、ジャニーズ事務所の傘下に戻るという。

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芸能ネタはよく知らないが、所属事務所の経営者姉弟は、80才代という。しかもその経営者は、青少年に対する性的虐待疑惑まである。芸能界にはトラブル状態で独立した人の仕事を干す、「中世」のギルドや、同業者仲間(座)のような慣行があるらしい。老人に労働者の自由が束縛され、社会とメディア(特にテレビと雑誌)が小さなエージェント風情にひれ伏す。生放送で5人を黒服で反省の言葉を述べさせるのも「制裁」のニオイがして気味が悪い。また権力に屈服した感じがして、それも気持ちが悪い。

SMAPは日本で一番人気があるグループで、影響力があるとされるのに、自由に行動できない。日本が抱える閉塞感とつながるような変な騒動だった。

たまたま「奴隷」をめぐる知識を得た。それが騒動に奇妙に当てはまるので、紹介してみよう。もちろんSMAPを「奴隷」と誹謗するつもりはない。「状況が似ている」という指摘であり、この文章は精緻な論証というよりも感想だ。

奴隷はなぜ逃げないのか

現代人の私たちが必ず思うのは、「なぜ奴隷は逃げないのか」ということだ。

『奴隷のしつけ方』(太田出版)という本を読んだ。著者はローマ帝国の元老院議員「マルクス・シドニウス・ファルクス」とされるが、実際は解説者として登場するケンブリッジ大学の歴史学の教授のジェリー・トナー氏だ。英国的な品のいいジョークだ。

場所と時代によって違うが、ローマ帝国では最盛期(紀元前1世紀から紀元後2世紀)、総人口の約4割前後の奴隷がいたようだ。なぜそれほどたくさんいた奴隷が制度を覆さなかったのか。その理由は、私が理解したところでは、「自由を求めて立ち上がるよりも、今の状況がましだ」という状況を、さまざまな知恵を集めて体制側が作ったことにある。

道具は「恐怖」と「利益」だ。この本では奴隷への体罰を奨励、ただし財産であるために傷つけないようにすることを強調する。性的な要求を充たし、食事、睡眠などの休息を与える方が生産性を上げることを、当時の記録から探り紹介している。そして知識人もいた家内奴隷は、「解放」を餌にすることを勧めている。

私たちは現代の感覚で奴隷制度を見るから、「なぜ奴隷は立ち上がらないのか」という感想を抱く。当時の奴隷は、戦時捕虜、また奴隷の子どもが大半だ。前者は異境の地で奴隷になる、後者は生まれたときからの奴隷で他の世界を知らない。情報も人口の9割超が文字を知らず、印刷物や電子情報はない。反逆は軍が出動し、たいてい死刑となる。「脱走」や「蜂起」、「ストライキ」は古代人の選択肢では浮かばない発想だ。それよりも現状維持の方が幸せになる。

SMAPは10代から芸能活動をジャニーズ事務所で行い、他の世界を知らない。仕事を干される恐怖をちらつかせながら、名声、給料の優遇などの利益を事務所は与えた。「独立する」という選択肢は、かつての奴隷と同じように大変な冒険となる。「アメとムチ」は、奴隷制度の時から人事管理の鉄則だ。もちろんSMAPと事務所の関係の詳細は知らないが、数千年前からの「奴隷」と「所有者」の関係と似た状況が生まれていたのかもしれない。古代・中世的な変な世界ではよくありがちだ。

奴隷から抜け出すためには

では奴隷から抜け出すにはどうすればいいのか。別の例を示してみよう。物理学者のカール・セーガンは、科学教育の重要性を訴える『人はなぜエセ科学に騙されるのか』(新潮社)で、逃亡奴隷でのち黒人解放運動の中心になったフレデリック・ダグラス(1818-1895)の半生を紹介している。

奴隷の目から見た19世紀のアメリカ南部は凄惨な場所だ。ダグラスは「餓えない」という「アメ」の状況以外は、「ムチ」を使った体罰の恐怖の中で少年時代を送る。ある日、白人たちが紙を前に口を動かしていることに気づく。19世紀中頃まで欧米圏では黙読よりも、声を出し読書をするのが一般的だった。その切れ端で文字の存在を知る。そこから文字を独学し、そして親切な主人の妻の教育で本と新聞を読めるようになる。奴隷への教育は法律で禁じられていた。

ダグラスは自己教育で、農場以外の世界を知り、そして自我が芽生えた。他と比較して、自分のあり方を考えるようになった。そして「自分の体を主人から盗む」ことを考え、実行、つまり脱走する。彼は、物理的な面だけではなく、精神的な面でも奴隷ではなくなった。

彼はその後、新聞に寄稿を始め、出版をするようになる。教育を受けるアフリカ系アメリカ人はほぼ皆無の中で、彼は時代の中心の一つになっていく。情報と教育が彼を成長させ、テロや誹謗から守り、自己実現の手段となっていった。

SMAPの人々に教育がないとは思わない。どの人も歌、俳優業にぬきんでて、しっかりした人々だ。しかし「相手と戦う」「交渉する」という世間知、情報戦は海千山千の芸能事務所社長の方が秀でていたのだろう。戦うにはまず情報を集め、また対応策を知り、対策を打つことが必要だ。

自らを「解放」するには何が必要か

そして奴隷をめぐる話は現代的な意味を持つ。奴隷は世界のどこにも存在しない建前になっているが、約3000万人の人が奴隷的状況(売買、自由の束縛など)になっている。ISは支配地域に、奴隷制度を引いている。

日本社会にも笑えない面がある。日本のサラリーマンの統計を取ると、かなり多くの人が他の欧米諸国と違って、「今の仕事が好きではない」「会社を辞めたい」というそうだ。SMAPのように独立願望を持ちながら、それがなかなか実現しない。

この一因は雇用が流動化しないためだ。かつての奴隷たちがそうだったように一度入った企業に勤め続ける「自由を求めて立ち上がるよりも、今の状況がましだ」という状況が作られている。日本の雇用制度が政府と企業、社会体制の集合的な意識の中で、雇用を固定化した形になっている。

働くことに不満があるなら、大きな視点から今の制度の矛盾を理解し、飛び出る場合には準備を慎重にすることが必要だ。ちなみに筆者は、調子に乗ってサラリーマンを止めてフリーランスのジャーナリストになりその大変さによって、後悔と解放感の入り交じる不思議な状況に今陥っている。蜂起した奴隷剣闘士スパルタクスのような暴発も、苦難と破滅の道だ。時代は違うが、ダグラスのように「学ぶ」こと、そして「情報」が、働き方を変える重要な契機になるだろう。

SMAPの話を、芸能ネタとして消費するだけではなく、私たちが働き方を考える契機にしたい。自由で、人それぞれが満足できる働き方を選べる社会にすることに向けて。

最後に、SMAPはどんな形でもいいから、またその素晴らしい才能で、私たちを楽しませ、幸せにしてほしいと願う。

石井孝明
経済・環境ジャーナリスト
ツイッター:@ishiitakaaki
メール:ishii.takaaki1@gmail.com

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