大学改革にこそベンチャースピリットを!  --- G1オピニオン

(アゴラ編集部より)この記事はGLOBIS知見録「G1政策研究所」のアドバイザリーボード・メンバー5名によるリレー連載「G1オピニオン」からの転載です。今回の執筆者は、柳川範之・東京大学 大学院経済学研究科・経済学部教授です。
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【今回のまとめ】
◆人工知能に人間の仕事が代替される時代に、人は何を学ぶべきかが焦点に
◆時間的、空間的制約から解放され、「教え方」は大きく変わる
◆時代の急変に合わせた大学改革には「ベンチャースピリット」が必要不可欠

技術革新の進展によって、高等教育で教えられるべき中身も、そして高等教育の仕組み自体も大きく変化しつつある。しかも、その変化は急速だ。いつの時代にも求められる内容を安定的に教育していくことも重要ではあるが、今後はもっと時代の変化に合わせた大学教育が求められよう。そのポイントは失敗を恐れないベンチャースピリットだ。

学術教養と今日的課題を結びつけて教えるカリキュラムを!


情報技術(IT)や人口知能(AI)によって、大学教育のあり方が大きく変わりつつある。

第1は、教えられるべき内容の変化である。コンピュータにより人間の仕事の多くが代替されると言われるようになった今、能力や技能の陳腐化は避けられず、新しい知識や能力の習得がいくつになっても求められる時代になりつつある。日本では特に、大学は高校を卒業してすぐの若者が通うところだという意識が強い。しかし、キャンパスにこんなにも若者しかいないのは日本くらいだ。就業経験を積んだ年齢層も積極的に大学で学べるような体制、そして学ぶ価値のあるカリキュラムを大学は用意する必要がある。その際、技術革新のスピードに応じて、学ぶべき内容、カリキュラムも柔軟に変更していく必要がある。

もちろん、どんな時代にも普遍的に学ぶべき教養科目はある。そのような科目を大学で教える意義は高い。ただし、それは時代と無関係というわけでもない。たとえば、哲学は歴史的な内容も多く含んでおり、根幹部分は時代の変化に惑わされることなく教えられるべきだろう。しかし、例えば「ロボットの意思や感情をどう考えるべきか」といった問いは、今日的あるいは近未来的問題であり、極めて哲学的な課題でもある。変化の激しい時代に求められる大学教育のカリキュラムとは、このように根源的な学術教養と現実的課題を結びつけて教えるところにあるのではないだろうか。

教育は時間的、空間的制約から解き放たれる


第2は、教え方の大きな変化である。現在、MOOC(Massive Open Online Course)と呼ばれる、インターネットを通じたオンライン講義が急速に普及しつつある。既に海外著名大学の講座は相当程度インターネットで受講することが可能だ。この変化が与えるインパクトはとてつもなく大きい。時間的、空間的制約から教育が解き放たれることを意味するからだ。世界中のどんな立場のどんな年齢の人でも高度な教育が受けられるように、やがてはなっていくだろう。

この点は大学教育の方法を大きく変える。大教室での講義は、いずれはこのオンライン講座にほとんど置き替わっていくに違いない。オンライン講座で基本的な科目は履修させる。そして、それらの単位をとった学生だけを集めて、少人数でじっくり討論形式の授業を行うという形に大学教育は変わっていくだろう。現に、MIT(米マサチューセッツ工科大学)ではそのような取り組みを始めている。教育の方法自体も、今後は急速に変わっていくに違いない。

大学には長期的、安定的に教育を提供することが求められている。例えば大学入試のあり方は簡単には変えるのが難しく、また変えたとしても、受験生の混乱を避けるためにある程度経過期間を設けることが求められる。それでは、安定性も維持しつつ急速な変化に対応していくにはどうしたら良いのか。

そのためには、ベンチャー的な活動を既存大学にも新規の教育機関にももっと認めることだ。産業界においては、大企業とベンチャー企業の両方の活躍が必要であるように、今後は大学教育においてももっとベンチャー企業的な要素を取り入れることが必要になってくる。そのポイントは失敗を恐れず、新しいカリキュラムの提供にチャレンジする姿勢であり、時代の変化に迅速に対応する行動力だ。安定性も重要であるが、チャレンジしければ急な変化には対応できない。もっと失敗を評価し、新しい取り組みを歓迎するような体制づくりが、今後の大学教育改革には求められている。

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柳川 範之
東京大学 大学院経済学研究科・経済学部教授



「100の行動」「G1政策研究所」とは?
「100の行動」とは、日本のビジョンを「100の行動計画」というカタチで、国民的政策論議を喚起しながら描くプロジェクト。一般社団法人G1サミット 代表理事、グロービス経営大学院 学長、グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナーである堀義人が、2011年7月に開始した。どんな会社でもやるべきことを10やれば再生できる、閉塞感あるこの国も100ぐらいやれば明るい未来が開けるという信念に基づく「静かな革命」である。堀義人による4年をかけた執筆は2015年7月に完了した。

「G1政策研究所」は2014年8月に一般社団法人G1サミットによって創設されたシンクタンク機能。日本を良くするための具体的なビジョンと方法論を「100の行動」として提示し、行動していくことを目的としている。アドバイザリーボードの構成は以下の通り。

【顧問】
竹中 平蔵 慶應義塾大学教授、グローバルセキュリティ研究所 所長

【アドバイザリーボード】
秋山 咲恵 株式会社サキコーポレーション 代表取締役社長
翁 百合 株式会社日本総合研究所 副理事長
神保 謙 慶應義塾大学 総合政策学部准教授
御立 尚資 ボストン コンサルティング グループ 日本代表
柳川 範之 東京大学 大学院経済学研究科・経済学部教授
堀 義人 グロービス経営大学院 学長、グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー


編集部より:この記事は、GLOBIS知見録「G1オピニオン」2016年1月15日の記事を転載させてもらいました(アゴラ編集部でタイトルを改稿、画像も編集しました)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はG1オピニオンをご覧ください。