独立するなら学びたい、AKB48岩佐美咲の仕事術 --- 榊 裕葵

2016年02月06日 06:00

iwasa
1月30日、AKB48チームBの岩佐美咲さんが、AKB48からの卒業を発表した。

卒業後は得意とする演歌に集中し、演歌歌手として活動をしていくそうだ。

■岩佐さんはキャリアウーマンだ
岩佐さんは、7回参加した総選挙のうち4回が圏外、圏内に入った時も最高位が33位と、AKBグループの中では決して目立つ存在ではなかった。

だが、私は彼女の歌唱力は本物だと思い、個人的に注目しているメンバーの1人であった。

そして、岩佐さんのAKB48加入から、卒業発表までの軌跡を振り返ると、彼女がビジネスマン(女性だからキャリアウーマンというべきか)としても、非常に高い能力とセンスを持っている人だと私は感じた。

本稿では、その理由を3点に整理して説明したい。

■岩佐さんが選んだ「ビジネス」
第1に、岩佐さんは、自分が勝てる「ビジネス」を熟知していたという点である。

岩佐さんは、歌手になりたいと思い、AKB48に加入した。

彼女は、歌唱力の高いメンバーと評されるよう、どんな歌でも人並み以上に歌いこなす実力を持っているが、「祖父母と同居し、北島三郎さんや都はるみさんの演歌を聴いて育った」という生い立ちも踏まえ、自分のPRポイントを演歌に絞り込んでいった。

この点、まず、アイドル歌手が演歌を歌うということ自体、組み合わせとしてはニッチであるから、マーケティング戦略としては正解である。

いくら岩佐さんが、歌が上手だからといって、アイドル的な歌にのみこだわっていたら、「その他多数」の中に埋もれていた可能性も高かったであろう。

そして、岩佐さんが演歌の道を選んだのは、マーケティングのために無理をしたということではなく、上述したよう、生まれ育った環境から自然体で選択をしたということだ。

岩佐さんには、好きな歌で身を立てるという大前提があり、その中でも演歌だったら自分がいちばん輝ける、という非常にバランスの良いチョイスをしたと思う。

一般論としてのビジネスを考えるにしても、「儲かるから」という理由だけでは嫌いなことは続けられないし、かといって、いくら好きなことでも、マネタイズできなければ商売は成り立たない。

好きなことと事業性がること、そのバランスが重要なのである。

そして、バランスのとり方の模範的な例として、岩佐さんのチョイスからは大いに学ぶことができる。

■岩佐さんはチャンスを見逃さなかった
第2に、岩佐さんは、チャンスを生かす術を知っていたということである。

岩佐さんの演歌を世に知らしめたのは、2010年10月に行われたAKB48内部のイベント「ゆるゆるカラオケ大会」であった。

「ゆるゆるカラオケ大会」というタイトルの通り、AKB48の他のメンバーの多くは、仮装をしたり、自分の好きな歌を歌ったりと、マイペースにカラオケを楽しんでいた。

しかし、岩佐さんは完全に本気モードで十八番の「津軽海峡冬景色」を熱唱し、瞬く間に聴衆を惹きこんでいった。

後日、岩佐さん自身がWebメディアのインタビューに対し、

あそこで「津軽海峡・冬景色」を歌ってなかったら、今こうやって演歌を歌ってないですもん。本当にそのとおりだと思います。(音楽ナタリー「演歌歌手わさみんのパーソナリティーに迫る」)

と語っているよう、このイベントが岩佐さんのキャリアの大きなターニングポイントになった。

演歌が歌えるメンバーとして、秋元康総合プロデューサーの目に止まり、のちのソロデビューにつながったわけだ。

また、ヘビーローテーション、フライングゲット、恋するフォーチュンクッキーといったAKB48を代表するヒット曲を演歌でカバーするというチャンスも得ることができた。

さらには、氷川きよしさんや山川豊さんなども所属する演歌に強い「長良プロダクション」に移籍し、演歌歌手としての地盤を固める布石にもなったのだ。

もし、岩佐さんが身内だけの気軽な「ゆるゆるカラオケ大会」だからといって、それなりのパフォーマンスしか見せていなかったら、演歌歌手としてデビューするチャンスを得ることは恐らくできなかったであろう。

同じように、一般企業で働いていても、その後のキャリアを決めるようなターニングポイントが必ず現れる。

ターニングポイントは、必ずしも重要なプロジェクトを任せられたときに限らず、地味な仕事や、あるいは飲み会や社内イベントのようなカジュアルな場面かもしれない。

だから、自分の実現したい目標があるならば、岩佐さんのように、どんなときでも手を抜かず「一生懸命頑張れば誰かが見ていてくれる」という気持ちで、何事も全力で誠心誠意取り組むべきなのであろう。

そういう人には、きっとチャンスの順番が回ってくるはずだと私も信じている。

■岩佐さんの卒業発表のタイミングは絶妙
第3に、岩佐さんは、AKB48から演歌歌手へソフトランディングすることに成功したということである。

演歌の実力が認められた岩佐さんは、秋元康総合プロデューサーの作詞した『無人駅』という曲でソロデビューを果たすのだが、初週で2.4万枚を売り上げ、オリコン5位にランクインするという快挙を上げた。

そして、2014年には3枚目のシングル『鞆の浦慕情』でついにオリコン1位を獲得したのである。

オリコンで1位を獲得できたのは、もちろん岩佐さん自身の実力や努力あってのことであるが、AKBという看板や、秋元康という稀代の作詞家が曲を書いたことも決して無視はできない。

周囲の助けもあって、岩佐さんは日本を代表する若手演歌歌手の1人になれたわけだ。

もし、AKBグループを経ることなく、いち演歌歌手としてデビューしていたら、秋元氏に曲を書いてもらうことは無かったであろうし、こんなに早くオリコンで1位を取れたかは分からない。

だから、サラリーマンも独立したいと考えるならば、現在所属している組織のリソースを活かせるうちに、名を残せる仕事をすべきだ。

岩佐さんが、AKB48の、決して知名度の高くない、いちメンバーから、AKB48の活動と演歌歌手としての活動を両立させていく中で、徐々に「岩佐美咲」という名を世に知らしめていったたのと同じよう、会社の中のいち社員である自分が、会社の看板がなくても取引先から「この人とまた仕事がしたい」と思ってもらえるようになれば、独立への準備は半分できたようなものである。

最初は会社の看板の上に両足が乗っているが、まずは片足を看板から外し、最後は会社の看板無しで立てるよう、ソフトランディングするイメージである。

会社の看板無しで立てた時が独立のタイミングである。逆に、独立した後は会社の看板がなくなるので、実力を示したいと思っても、その場さえ与えられないことがある。

岩佐さんも、1月30日に初めてソロコンサートを行い、1000枚のチケットは即日完売だったということだ。そして、岩佐さんはコンサートの場でAKB48からの卒業を発表した。

岩佐さんは、ビジネス的な意味でも、盤石のタイミングでAKB48からの独立を発表したと言えるであろう。

■結び
現在は会社員をしていているが、いずれは独立をしたいと考えている方は、岩佐美咲さんの生き方や考え方を、大いに参考にできるのではないだろうか。

《参考記事》
■三菱自動車のRVR開発担当部長の諭旨退職の真の問題点とは? 榊 裕葵
http://aoi-hrc.com/blog/mitsubishi-mortors-rvr-leader-layoff/
■社員を1人でも雇ったら就業規則を作成すべき理由 榊 裕葵
http://aoi-hrc.com/blog/shuugyoukisoku-sakusei/
■職人の世界に労働基準法は適用されるか?
http://sharescafe.net/41988647-20141120.html
■経験者だから語れる。パワハラで自殺しないために知っておきたい2つのこと。 榊 裕葵
http://sharescafe.net/42167544-20141201.html
■女子大生エンジニアが少子高齢化の日本を救うかもしれないと考えた理由 榊 裕葵
http://sharescafe.net/47494360-20160112.html

あおいヒューマンリソースコンサルティング代表
特定社会保険労務士・CFP 榊 裕葵


この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2016年2月1日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。

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