「うちの会社」という日本文化

岡本 裕明

日本に来る度に強い違和感を持つこと、それは通常とは違う工事、プロジェクトあるいは事故などが起きた時にその人海戦術ぶりにえっと思うのです。ここまで作業員、スタッフが必要なのか、というぐらい人を投入し、いかにも「全力で対応しています」という姿勢を見せるのですが、それらのスタッフの作業をみているとほとんどの人が手持無沙汰でごく一部の人が手を動かすのを周りを取り囲むようにしてじっと見守っています。

プロジェクトや非日常事態が起きた場合、人海戦術に走りたくなるのは経営者の性。人を投入して何が何でもこなす気持ちの表れでしょう。私が違和感と申し上げたのはカナダやアメリカではなかなか、そんな人海戦術という事態をお目にかかることはないのであります。

アメリカやカナダでマネージャーになると責任と権限が圧倒的に上がります。日本では課長に該当するのですが、日本の課長に権限や責任などありますでしょうか?私も会社が無くなった時は親会社課長職だったのですが、私も含め課長さんとは実務経験に長けた任せられる人ぐらいの意味合いでありました。課長職ながら関連会社の社長でしたが、権限などなくていつも本社とのがんじがらめに縛られていました。

カナダでビジネスをすると業種にもよりますが、大手ですとマネージャーがほとんど全て取り仕切っていることも多いようです。逆に能力があるのでしょうが、失敗も許されません。その人がヘマすればその法人取引を失うことすらあるのですから。その分給与は高く設定されいます。

私の会社に最近アルバイトでかなり優秀な若者が入りました。日本で有数の大学院を出て世界有数の日本企業を務めていた人です。何故、これほどの経歴の人が、と思い話を聞いてみると会社の中で歯車にすぎない自分に将来を見出せなくなったということでした。世界を見て、英語を勉強してやり直すようです。

シャープの行方について様々な見方が出ています。私の見解はシャープが生み出してきた「けったいな文化」は鴻海入りで消滅するとみています。企業評価は表面的な数字である財務やブランド力に対して企業力の源泉である組織は分けて考えなくてはいけません。鴻海はブランドが欲しく、BtoCを目指しているようにも思えます。やり方次第ではそれは可能だと思います。パナソニック/三洋のリストラで切り離された冷蔵庫、洗濯機はハイアールブランドとして復活し、業績としては十分な成績を残しています。IBMがレノボに売却したパソコン事業も大きく育ちました。

では今のハイアールやレノボが三洋やIBMの遺伝子を持っているかといえばそれはなく、生まれ変わり新たなものを作り上げたといってよいでしょう。ですので鴻海が購入するシャープは全く別物として成長し、事業展開していくと考えています。

M&Aがごく普通になってきた今、企業の文化、組織力はある日突然消滅することがあります。丁稚奉公として仕え続け番頭になりそれなりの権限と美味しい思いをするという典型的な日本企業のストーリーはいまや時代劇の域に差し掛かっています。

ではどうすれば良いのでしょうか?日本的な良さと地球儀ベースの経営を考えた場合、私は権限の大幅な委譲とアメーバー組織ベースの成長力追及ではないかと思います。最近、後継者問題で話題になるソフトバンク、ユニクロのファストリテイリング、日本電産などをみていると可能性の一つとして後継を複数人に分ける案があります。とても一人ではカバーできないというわけです。

複数の経営責任者がいる場合、縦割りになりやすく組織力を十分に発揮できないリスクがあります。一方で末端まで組織活性化を図るには一極体制より優れています。今の日本に必要なのは生み出す力、そしてその可能性を引き出すチャンスを与えることではないかと思います。多くの優秀な若手は旧態依然としている組織に愛はありません。チャンスがあればいつでもほかの会社に移ろうと虎視眈々とその時を探っています。「うちの会社」という英語に翻訳できないこの日本企業文化をどう継承するのか、これにかかっています。

企業経営者が「裸の王様」になっていることもあるかもしれませんね。組織の末端までの活性化とは決して無料ランチや厚い福利厚生ばかりが人心を掴むものではないことを経営者は知るべきでしょう。

では今日はこのぐらいで。