ローハニ師訪問延期の背景

オーストリアのフィッシャー大統領は今、同国元大統領のワルトハイム氏が何度も味わった寂しさを追体験しているのかもしれない。イランのローハニ大統領のオーストリア訪問(3月30日から2日間)が土壇場で延期になった。表向きの理由は、安全問題というが、どうやらそれだけではないらしいという情報がウィーン外交筋で流れている。

P4110740
▲オーストリア連邦大統領府(2013年撮影)

オーストリア大統領府が発表した訪問延期の理由は安全問題だ。ローハニ師がウィーン入りする30日、反体制派イラン人が抗議デモを予定していたうえ、イスラエル系の団体が同じようにデモを計画していた。それに対して、イラン側は神経質となっていたことは事実だ。特に「ブリュッセル同時テロ」事件が発生した直後だ。イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)がシーア派盟主イランの大統領を襲撃する危険性は完全には排除できないからだ。ちなみに、ローハニ師は3月25、26日の両日、テロが頻繁に起きているパキスタンを訪問している。

それに対し、フィッシャー大統領は30日、オーストリア国営放送のインタビューに答え、「わが国は民主国家だ。デモ集会を禁止することはできない。イラン側もそんなことは事前に分かっていたはずだ」と指摘し、イラン側の「安全問題」はホスト国オーストリアでの安全問題ではないことを強く示唆していた。

フィッシャー大統領は昨年9月、欧州諸国(EU)加盟国首脳としては初のイラン公式訪問をしている。ローハニ師のウィーン訪問はその返礼訪問となるはずだった。イランから100人を超える経済使節団が既にウィーン入りしていた。ローハニ師滞在中に15件の商談が締結される予定だった。

ウィーン外交筋に流れる情報によると、欧米諸国と対話路線を推進するローハニ大統領に対し、同国最高指導者ハメネイ師が国内の強硬派と手を結び、国内の改革派へ圧力を強化してきているという。

ハメネイ師は30日、自身の公式サイトで、「ミサイルでなく、外交を通じて未来を構築すべきだという勢力は無知か裏切り者だ」とローハニ師やハシエミ・ラフサンジャニ師(第4代大統領)ら国内の改革派を正面から批判している。

ハメネイ師批判の直接のターゲットはミサイル発射を批判したラフサンジャニ師に向けられたものという。ラフサンジャニ師は先週、ツイッターで、「わが国の未来はミサイルではなく、対話によって構築すべきだ」と発信している。同師はミサイル発射に対する欧米諸国の抗議に支持表明した結果となった。

3月8日実施した弾道ミサイル実験はイランのエリート部隊、強硬派の革命防衛隊が実施した。イラン側は「昨年7月に米英ロなどの6大国と交わした歴史的核合意には一切、違反していない」と主張しているが、弾道ミサイルが核搭載可能なものであれば、明らかに核合意に違反する。イスラエル側から厳しい批判の声が飛び出したのは当然だ。

ハメネイ師は核合意の書類に署名したが、ローハニ師が進める対話路線には強い反発を表明してきた。ロ―ハニ師のウィーン訪問延期は国内の改革派と強硬派の路線対立の最高潮を迎えたというわけだ。

ローハニ師のウィーン入り3時間前の訪問延期は唐突だった。同大統領のウィーン訪問を取材予定だった国際ジャーナリストたちにとってもショックだったろう。ちなみに、オーストリアのファイマン首相は「イランの国内事情だろう」と冷静に受け止めている。

イラン国内の路線対立がローハニ師のウィーン訪問延期の真相となれば、ローハニ師の今後の海外訪問ばかりか、欧米諸国との対話外交にも支障が出てくることは必至だろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年4月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。