タイで全裸になった企業を、学校は嗤えない

2016年04月05日 06:00

入学式の頃合ですね。希望に胸を膨らませるその前に、あらためて学校の存在意義を考えてみませんか。みなさんは学校は勉強するところだと思っているかもしれません。けれども、先生たちの意識はまったく別のところに向いているかもしれません。

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すこし前に、タイ社員旅行で集団全裸という事件がありましたが、この記事によると、「社員は「解放感でタガが緩んだ」なんて言い訳では許されそうもない」と書いてあります。

しかし、この社員たちが楽しんでやっているのではないということくらいは、企業に勤めた方々にはよくわかると思います。この場面で、「役員にみんながやらされているから、おれだけコンプライアンスや良識を盾に、断るわけにはいかないよな」という「同調圧力」を感じない人はいないでしょう。

たとえば、学校で組体操をするさい、子供や保護者から、「危険だ!やりたくない!」という声が上がりにくい。これも、「同調圧力」のなせる業でしょう。全員が組体操に取り組んでいるのに、「ちょっと危ないんじゃないですか?」「やり方を変えるなり、演目を変えるなりしたほうがいいんじゃないですか?」「なんの意味があるんですか?」などと言おうものなら、「なんだよ、水を差しやがって、空気読めよ!」「根性がないな」となるし、じっさい現場では、そのような空気を作れる教員が”とても優秀な教員”と言われています。

組体操に限らず、学校では無駄なことが多いです。暗記とそれを吐き出すためのテスト、学級会、部活やクラブ活動、入学式や卒業式、掃除。

このような活動を通じ、生徒のみなさんは集団行動の大切さを学びます。しかも教員は、その態度教育に、勉強よりもはるかに多くの労力を注いでいます。教員の命と言っても差し障りはないでしょう。しかし、この勉強よりも力を入れている態度教育の結果が、タイで全裸になったり、役員からの無言の圧力で利益の粉飾もいとわなかったりすることにつながっていると思うと、私はとても悲しくなるのです。みなさんも入学前にもう一度、学校のありようについて、考えてみませんか。

中沢 良平(元小学校教諭)

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