世界的な広がりを見せるスポーツ界の脳震とう問題

つい先日、飛行機の中で映画「Concussion」(コンカッション=脳震とう)を見ました。

これは、5000名を超える元NFL選手から起こされることになる集団訴訟のきっかけを描いた映画です。NFLは、プレーに起因する脳震とうの危険性を知りながら、選手にそれを周知せずに適切な対応を怠ったとして、2011年に損害賠償訴訟を起こされました。

パンドラの箱を開けてしまったのは、アメリカで永住権を取得したナイジェリア出身のベネット・オマル医師。元NFL選手が原因不明の頭痛やめまいなどから自殺や異常行動を取ることが頻発していたことに気付いたオマル医師は、その原因が現役時代のプレーに起因する脳疾患(後に慢性外傷性脳症=CTEと命名)にあることを突き止め、NFLにその対策を求めて奔走します。

アメリカのスポーツ界に君臨するNFLに喧嘩を売るのは、やはり普通のアメリカ人にはできないことだったんだなぁと映画を見てしみじみ感じました。オマル医師も、一度は追及を諦めようとしたのですが、その時の奥さんの言葉がまた泣かせるのです。これは、マイノリティの立場の人の方がグッとくる場面かもしれません。僕も「自分がなぜアメリカにいるのか」を自問自答するいいきっかけになりました。

このオマル医師役に扮するのが、ウィル・スミス。彼の演技が実に上手い。日本でも今年公開されるそうですが、是非オリジナル音声(日本語字幕)で見て頂きたい。アフリカなまりの英語を話す、芯の強い異国人医師を熱演しています。最後にNFL選手会の会合に招かれて行った彼のスピーチは本当に感動ものです。

僕も仕事柄、この訴訟については提訴された時からずっとフォローしていました。しかし、その裏にこんな人間ドラマがあったとは知りませんでした。また、選手の自殺や異常行動なども、映像で見るとその迫力や胸に訴えてくるものが全然違います。いろいろと書きたいこともあるのですが、ネタバレになるので止めておきます。

奇しくも冒頭で説明した脳震とう訴訟の和解がつい先日(4月18日)に正式に裁判所から承認されました。NFLは、引退後にCTEやパーキンソン病、アルツハイマー病などの脳疾患を患った選手や家族に総額10億ドル(約1000億円)の補償金を支払うことで合意したのです。

同様の脳震とう訴訟は、プロスポーツだけでなく、NCAAのアマチュアスポーツや高校スポーツにも広がっています。「米サッカー協会によるヘディング禁止措置の衝撃」でも書いたように、米サッカー界は提訴された訴訟の和解案として、10歳以下の子供にはヘディングを禁止するなどの安全対策を講じることを決めています。

そして、ついにこの流れが国境を越えてしまったようです。イングランドサッカー協会は4月9日、プレー中の脳へのダメージと引退後の脳疾患の関連性について調査するようにFIFAに対して要請しました。これは、元イギリス代表選手だったJeff Astleが脳疾患により59歳の若さで急逝してしまったことを受けたもののようです。

スポーツがビジネスとして成立するようになってまだ半世紀程度しか経っていません。その間、たくさんのイノベーションが起こされ、ビジネスモデルが進化して行きました。しかし、人間の肉体的能力には限界があります。勝利やビジネスの論理が優先されることで選手の健康が危険に晒されることはあってはならないことです。世界のスポーツ界が正しい方向に進んでくれることを願っています。


編集部より:この記事は、ニューヨーク在住のスポーツマーケティングコンサルタント、鈴木友也氏のブログ「スポーツビジネス from NY」2016年4月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はスポーツビジネス from NYをご覧ください。