ドクターXのようなフリーランス医師は実在する?

2016年04月28日 06:00

「私、失敗しないので」の名セリフで、2012年に大ヒットしたテレビドラマ「ドクターX‐外科医・大門未知子‐」…「特定の病院に属さず、腕一本でわたり歩く…こんなフリーランスの医師は実在するのだろうか?実際の医師はこう答えるだろう…「大門未知子(米倉涼子)みたいなフリーランス外科医は実在しない。しかし、城之内博美(内田有紀)のようなフリーランス麻酔科医は存在する」と。

麻酔科医とは手術に際して麻酔を担当する医師であり、眼科や内科のように一般的な科ではない。と同時に、個々の手術ごとに仕事が完結し、アウトソーシングが容易である。私の仕事は麻酔科医、医大卒業後は当時の常識として母校の附属病院の研修医となり、大学医局に加入した。ドラマ「白い巨塔」のような大学医局が健在だった時代、双六のように関連病院に出向したり、博士号を取ったり、留学して、大学教官になり…そして、2004年の新研修医制度に始まる医療崩壊に翻弄され…2007年にフリーランスに転身した。

昭和時代から現在まで、多くの大学病院では週一日程度の「研究日」と称する「アルバイト公認日」がある。麻酔科の場合は、大学病院の薄給(3~40代で500~800万/年)を他病院への出張麻酔(5~20万/日)で補うのが一般的である。「じゃあ大学病院なんか辞めて、毎日出張麻酔すればいいじゃないの?」という意見がある。「大学病院750万+出張麻酔10万×50日=年収1250万」→「出張麻酔10万×250日=2500万」で収入倍増の皮算用となるが、「白い巨塔」時代にはそれを試みるものはわずかだった。「白い巨塔」時代の医局は医師就職情報を一手に握っていた。教授に逆らえば、転職はおろかアルバイト情報すら得ることは困難だった。よって、「大学医局を辞めたら、年250件の出張麻酔を受注することは不可能」だったので、多くの麻酔科医は「大学病院(あるいは関連病院)の固定給+出張麻酔アルバイト」で生計を立てていた。

2004年から、厚労省の肝いりで新研修医制度が始まった。封建的な大学病院を嫌って都会の大病院を目指す若者が増え、大学医局の生命線であった「安定した新人供給」が断たれた。だからといって、患者数は減らないし、増え続ける医療訴訟の対策として「医療安全」「感染対策」などの書類や会議は増える一方であった。シワ寄せは、残った中堅医に過重労働としてのしかかった。

大学病院では今もなお日本的雇用、すなわち「全科同一賃金+年功序列待遇」をとっているが、これは「年齢を重ねるほど能力が向上する」ことを前提としており、現実的ではない。日本の法律では常勤医(=正社員)は手厚く保護されるので、どんなに無能な教授(実はわりといる)でも、その部下は「仕える(=耐える)」か「辞める」しか選択がなく「とって替わる」という選択肢はない。そして、「このまま滅私奉公しても先輩のような旨味はない」「下手したら一生ソルジャー?」と、中堅医は思い始めたのだ。

ここ10年、インターネットの発達により民間医師転職業者が発達した。こうした業者にメルアドを登録すれば向こうから転職情報を送ってくれるので、教授とケンカしても難なく転職できるし、ケータイやスマホで出張麻酔のアルバイト情報を得ることも容易になった。医局から若者が消え、次いで中堅医がソルジャー生活に見切りをつけて去ってゆき(私もその一人)、このトレンドは当分変わらないだろう。

私はフリーランスに転身して、収入は三倍になり、人間関係の悩みは1/10以下に減った。麻酔科医としての腕や労働量が報酬として評価され、「難しい手術」や「並列麻酔(一人の麻酔科医が同時に複数の手術を担当)」などのハイリスク案件では、報酬は加算される。下手な外科医とは契約更新しないことも可能だし、下手な麻酔科医は病院に雇い止めされるので、トラブルメーカーとは難なく疎遠になれる。自分の体力や家庭状況にちょうどいい仕事量を調節できるのも気に入っている。フリーランス業界では「仕事と報酬」がセットで動くので、周囲と軋轢なく長期休暇を取ることも可能である。私はフリーランス転身後に出産を経験し、子育てのステージに応じて仕事量を調節しながら現在に至っている。

私が職場に求めることは2つ、「結果に応じた報酬体系」と「老若男女にとってフェアな競争環境」である。フリーランスとして自分のスキルを市場取引することは、今まで経験したどの職場よりも、納得できる報酬や競争環境が得られた。

「私、失敗しないので」とは言わないが「失敗したら辞めるので」がフリーランスの掟である。後ろ盾はなく、明日の保証もなく、失敗は失職につながる。私はここで9年間生き延びた。この「有能は厚遇、低能は冷遇、無能は淘汰」の世界を一冊の本にまとめてみた。興味を持った方は一読して頂けると幸いである。

「フリーランス医師」シリーズ 1/5

筒井冨美   フリーランス麻酔科医

1966年生まれ。フリーランス麻酔科医。地方の非医師家庭に生まれ、某国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、2012年から、「ドクターX~外科医・大門未知子~」「医師たちの恋愛事情」など医療ドラマの制作協力に携わる。2013年から、東洋経済オンライン「ノマドドクターは見た! 」で論壇デビューし、執筆活動も行う。近著の「フリーランス女医が教える 「名医」と「迷医」の見分け方」で、フリーランス医師の実情をレポートしている。

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筒井 冨美
フリーランス麻酔科医、医学博士

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