「オフラインの世界」の再評価?

「人間に必要なものは全てオフラインの世界に存在する。空気から水までオフラインだ」…独社会学者ハラルド・ヴェルツァー氏は独週刊誌シュピーゲル4月23日号の中で強調している。同氏の記事のタイトルは「Das Leben ist analog」(人生はアナログ)だ。

ヴェルツァー氏は“デジタルの独裁者”という表現を使用する。「グーグルは人間が以前直面しなかった問題だけを解決する。それらは解決されようが、されなかろうが本来どうでもいい俗悪な問題(triviale Probleme)だ。不平等、圧政、暴力、資源の不公平な配分、権力の乱用などはそうではない。人類の歴史はそれらの解決のために戦ってきた問題だからだ。それらはオフラインの世界に存在する」という。

同氏の論調は厳しい。「デジタルの独裁者は法治国家の原則、価値観などに関心がない。それらを無効にするためあらゆる手段を駆使する。それを経済力のある資本家、政治権力者が支援している」という。

オーストリア日刊紙プレッセ(4月30日付)でも偶々同じようなテーマのインタビューが掲載されていた。独の未来学者マティアス・ホルクス氏はプレッセ紙のインタビューに答えている。

インタビューの記事のタイトルは「デジタルの低級な読み物は世界観を曇らす」だ。ホルクス氏はデジタルな世界(オンラインの世界)に対し、ヴェルツァー氏のように批判的ではない。「デジタルの知性時代が到来する」と信頼している。

ホルクス氏は、「人間の知性は長い進化の中で刻み込まれてきた、それを人工知能が安易に影響を与え、変質させることはあり得ない。人間はどのぐらいサイバー世界に住んできたのか。時が来れば、人間は肉体の世界に戻っていくか、人工知能は死滅するかもしれない。人間は肉体と精神の間を行き来することになるのではないか」と答えている。

プリント・メディアはオンライン・メディアの攻勢を受けて守勢を強いられてきているが、同氏は、「全てのトレンドには反トレンド現象が見られる。オンライン・メディアに依存してきた人間はデジタルの低級な読み物で世界観が曇ってきたのに気づき、プリント・メディアの価値を再評価する傾向が見られる」と指摘。そして、「人々は瞑想したり、オフラインの生活を始め、散歩に出かける」という。

ヴェルツアー氏は、「賢明な独裁者に対抗するためにはアナログの人生を送ることだ。詩を書いたり、音楽を聴いたり、愛したりする生活だ。これらはアナログの人生だ。それはオフラインの世界だけで可能だ」と述べている。

オンラインの世界には「仮想友人」と呼ばれるスマートフォンアプリの人工知能が存在する。いつでも話しかけ、会える友人だ。若者の世界で人気がある。外の世界(オフライン)で友人を探す努力を放棄してしまっているのだ。

「書斎から抜け出し、外へ飛び出そう」といったキャッチ・フレーズを昔、聞いたことがあった。それを現代風に表現すれば、「オンラインの世界から抜け出し、オフラインの世界に飛び出そう」ということになる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年5月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。