米国、トランプ氏支持と批判の背景

米国大統領選挙では、ドナルド・トランプ氏は共和党指名候補を確実にしています。しかし、昨年来、共和党候補として立候補してからの過激な発言等により、米国内の対立候補のみならず、共和党内部やジャーナリスト、メディア、国外からも批判の声が上がっています。それら批判の声もある一方で着実に支持を広げて、共和党の他の候補者が撤退するに至っています。

選挙というものは、米国に限らずどこの国でも意外な結果になることもしばしばです。日本でいえば「〇〇旋風」という波に乗って当選するような形、米国でいえば、無名の候補だったカーター元大統領やオバマ大統領も旋風を巻き起こしての勝利だったと思います。両者ともに大統領としての実績(オバマ大統領は現職ですが)では批判の方が多い結果であるのは気になるところですが、選挙戦においては、それまでの政治家としての実績からの政策や政治思想、支持される理由は理解でき、最終的な勝利もうなずけるものであったと思います。

カーター氏は大統領候補としては無名とはいえ、ジョージア州知事での実績もあり、退役軍人という背景に、前任ニクソン元大統領の事件による米国民の政治家不信の感情も作用して、クリーンなイメージとリベラルな政治思想が旋風となったと理解できます。オバマ大統領は「Change」という言葉で、それまでの保守系政策からよりリベラルな政策への転換が、政策の基本思想であったと思います。このように振り返ると支持された理由は、一定の政治思想に基づく政策やその人の思想的背景などが、当時の時代背景と合いまった形であったと思います。

では、改めてトランプ氏はどのような政治思想の持主なのか、支持されている時代の背景とはどういうものであるのかと考えたいと思います。トランプ氏は、ご承知の通り不動産業を親の代から営んでいます。80年代、トランプタワーの開発事業とその後の破産は個人的にも記憶しています。その後、異業種への参入と破産など、紆余曲折はあったようですが、現在は「不動産王」と云われ、その資産も莫大なものとのことです。経歴、実績から伺えることは、ビジネスの世界では成功者であり、秀でたビジネスマンであるということです。

この視点で改めて、トランプ氏の5つの基本政策と「アメリカ第一主義」「偉大なアメリカの取り戻す」というはつは、企業経営者的な思考によるところが大きいように感じます。政策では企業における課題解決施策的なものや短期的な収益改善施策のような企業経営的な政策のように感じます。また、アメリカ第一主義は、企業におけるトップ企業、トップシェアの発想に通じるものを感じます。企業家の視点からすれば、課題は迅速に対応し、施策が失敗であれば、次の方策を取ればよいという発想であり、また、業界をリードするトップ企業はその業界のスタンダードを作ることになるというトップ企業メリット享受できるということではないでしょうか。

このように考えると共和党内部の批判も理解できます。政治や外交は、企業家視点ではない、長期的な視点や継続的な思考、国家戦略が必要です。米国の政策を歴史的に顧みても、保守とリベラルな違いや過去の反省からの政策のブレはあったもの、長期的な一貫した方向性、戦略があるように思います。アジアにおける米国の基地保有の基本構想は、アルフレッド・セイヤー・マハンが提唱した海洋戦略論に基づくものと考えられます。また、元々欧州からの移民の国である米国は、多様民族への寛容性をその力にしてきた歴史があります。

ですから、旧来の政治家視点からは、トランプ氏の政策に期待が持てない或いは歴史的な基本国家戦略から逸脱しているのではないとして、批判されているのではないかと思います。

ではなぜ、支持を伸ばしているのでしょうか。これは、米国内の経済的な問題や近年の自国政府に対する不信感が背景にあるように思います。経済的にはベビーブーマー世代に引退する時期になり、中間所得層が薄く貧富に差が拡大するという構造的な問題が、中長期的な経済活動を下降傾向にしており、よって、有権者の経済的な不満(いつまでも景気浮揚感がない)状況を作り出しています。また、東西冷戦後、ライバルソ連をがいなくなり、一人勝ちのはずであった米国は、ライバルを失ったからこその国際政治上の迷走状態になり、米国民にとっては、不甲斐ない政府に見えているように思います。

新しい敵を作って国際的なリーダーシップを見せたブッシュ元大統領の政策は、中東問題では思い通りの成果が見られず、軍事的支出の増大で財政問題を悪化させ、その問題を解決しようとしたオバマ大統領は何も変えることができずという状況です。このような背景、状況の中、企業家としての成功者であるトランプ氏の出現に、有権者は、既存の政治家にはない未知の可能性、企業家としての手腕に期待しているのではないでしょうか。

トランプ氏はウォール街出身の企業家でありますが、ウォール街からの政治献金は受けていないようです。自身の財産が潤沢であるということと思いますが、この点も旧来の政治家と違い、利害関係者が少なくクリーンなイメージになっているのではないでしょうか。米国がトランプ氏を大統領に選ぶという判断は、政治的な意味では大きな賭けではないかと思います。

逆に云えば、米国は、大きな賭けをしたくなるほど厳しい状況、或いは現状不満な状況ではないかと感じます。